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〘234㌻〙

第1章

1 テオピロよ、我われさきに前󠄃まへの書ふみをつくりて、凡おほよそイエスの行おこなひはじめ敎をしへはじめ給たまひしより、 2 その選󠄄えらび給たまへる使󠄃徒しとたちに、聖󠄃せい靈れいによりて命めいじたるのち、擧あげられ給たまひし日ひに至いたるまでの事ことを記しるせり。 3 イエスは苦難くるしみをうけしのち、多おほくの慥たしかなる證あかしをもて、己おのれの活いきたることを使󠄃徒しとたちに示しめし、四十しじふ日にちの間あひだ、しばしば彼かれらに現あらはれて、神かみの國くにのことを語かたり、 4 また彼かれ等らとともに[*]集あつまりゐて命めいじたまふ『エルサレムを離はなれずして、我われより聞ききし父󠄃ちちの約束やくそくを待まて。[*或は「食󠄃し」と譯す。] 5 ヨハネは水みづにてバプテスマを施ほどこししが、汝なんぢらは日ひならずして聖󠄃せい靈れいにてバプテスマを施ほどこされん』

6 弟子でしたち集あつまれるとき問とひて言いふ『主しゅよ、イスラエルの國くにを回復くわいふくし給たまふは此この時ときなるか』 7 イエス言いひたまふ『時ときまた期きは父󠄃ちちおのれの權威󠄂けんゐのうちに置おき給たまへば、汝なんぢらの知しるべきにあらず。 8 然されど聖󠄃せい靈れいなんぢらの上うへに臨のぞむとき、汝なんぢら能力ちからをうけん、而しかしてエルサレム、ユダヤ全󠄃國ぜんこく、サマリヤ、及および地ちの極はてにまで我わが證人しょうにんとならん』 9 此これ等らのことを言いひ終󠄃をはりて、彼かれらの見みるがうちに擧あげられ給たまふ。雲くもこれを受うけて見みえざらしめたり。 10 その昇のぼりゆき給たまふとき、彼かれら天てんに目めを注そゝぎゐたりしに、視みよ、白しろき衣ころもを著きたる二人ふたりの人ひとかたはらに立たちて言いふ、 11 『ガリラヤの人々ひとびとよ、何なにゆゑ天てんを仰あふぎて立たつか、汝なんぢらを離はなれて天てんに擧あげられ給たまひし此このイエスは、汝なんぢらが天てんに昇のぼりゆくを見みたるその如ごとく復またきたり給たまはん』
 234㌻ 
12 ここに彼かれ等らオリブといふ山やまよりエルサレムに歸かへる。この山やまはエルサレムに近󠄃ちかく、[*]安息あんそく日にちの道󠄃程󠄃みちのりなり。[*約十五町に當る。] 13 旣󠄁すでに入いりてその留とゞまりをる高樓たかどのに登のぼる。ペテロ、ヨハネ、ヤコブ及およびアンデレ、ピリポ及およびトマス、バルトロマイ及およびマタイ、アルパヨの子こヤコブ、熱心ねっしん黨たうのシモン及およびヤコブの子こユダなり。 14 この人々ひとびとはみな女をんなたち及およびイエスの母ははマリヤ、イエスの兄弟きゃうだいたちと共ともに心こゝろを一ひとつにして只管ひたすらいのりを務つとめゐたり。

15 その頃ころペテロ、百二十ひゃくにじふ名めいばかり共ともに集あつまりて群むれをなせる兄弟きゃうだいたちの中なかに立たちて言いふ、 16 『兄弟きゃうだいたちよ、イエスを捕とらふる者ものどもの手引てびきとなりしユダにつきて、聖󠄃せい靈れいダビデの口くちによりて預あらかじめ言いひ給たまひし聖󠄃書せいしょは、かならず成󠄃就じゃうじゅせざるを得えざりしなり。 17 彼かれは我われらの中うちに數󠄄かぞへられ、此この務つとめに與あづかりたればなり。 18 (この人ひとは、かの不義ふぎの價あたひをもて地所󠄃ぢしょを得え、また俯伏うつぶしに墜おちて直中たゞなかより裂さけて臓腑はらわたみな流ながれ出いでたり。〘170㌻〙 19 この事ことエルサレムに住󠄃すむ凡すべての人ひとに知しられて、その地所󠄃ぢしょは國語くにことばにてアケルダマと稱󠄄となへらる、血ちの地所󠄃ぢしょとの義ぎなり) 20 それは詩し篇󠄂へんに錄しるして 「彼かれの住󠄃處すみかは荒あれ果はてよ、 人ひとその中うちに住󠄃すまはざれ」と云いひ、 又󠄂また「その職つとめはほかの人ひとに得えさせよ」と云いひたり。 21 然されば主しゅイエス我等われらのうちに往󠄃來ゆききし給たまひし間あひだ、 22 即すなはちヨハネのバプテスマより始はじまり、我われらを離はなれて擧あげられ給たまひし日ひに至いたるまで、常つねに我われらと偕ともに在ありし此この人々ひとびとのうち一人ひとり、われらと共ともに主しゅの復活よみがへりの證人しょうにんとなるべきなり』 23 爰こゝにバルサバと稱󠄄となへられ、またの名なをユストと呼よばるるヨセフ及およびマツテヤの二人ふたりをあげ、 24 -25 祈いのりて言いふ『凡すべての人ひとの心こゝろを知しりたまふ主しゅよ、ユダ己おのが所󠄃ところに往󠄃ゆかんとて此この務つとめと使󠄃徒しとの職しょくとより墮おちたれば、その後あとを繼つがするに、此この二人ふたりのうち孰いづれを選󠄄えらび給たまふか示しめしたまへ』
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26 斯かくて䰗くじせしに䰗くじはマツテヤに當あたりたれば、彼かれは十じふ一いちの使󠄃徒しとに加くはへられたり。

第2章

1 五旬節ごじゅんせつの[*]日ひとなり、彼かれらみな一處ひとところに集つどひ居をりしに、[*原語「ペンテコステ」] 2 烈はげしき風かぜの吹ふききたるごとき響ひびき、にはかに天てんより起󠄃おこりて、その坐ざする所󠄃ところの家いへに滿みち、 3 また火ひの如ごときもの舌したのやうに現あらはれ、分󠄃わかれて各人おのおののうへに止とゞまる。 4 彼かれらみな聖󠄃せい靈れいにて滿みたされ、御靈みたまの宣のべしむるままに異邦󠄆ことくにの言ことばにて語かたりはじむ。

5 時ときに敬虔けいけんなるユダヤ人びとら天下てんかの國々くに〴〵より來きたりてエルサレムに住󠄃すみ居をりしが、 6 この音󠄃おとおこりたれば群衆ぐんじゅうあつまり來きたり、おのおの己おのが國語くにことばにて使󠄃徒しとたちの語かたるを聞ききて騷さわぎ合あひ、 7 かつ驚をどろき怪あやしみて言いふ『視みよ、この語かたる者ものは皆みなガリラヤ人びとならずや、 8 如何いかにして、我等われらおのおのの生うまれし國くにの言ことばをきくか。 9 我等われらはパルテヤ人びと、メヂヤ人びと、エラム人びと、またメソポタミヤ、ユダヤ、カパドキヤ、ポント、アジヤ、 10 フルギヤ、パンフリヤ、エジプト、リビヤのクレネに近󠄃ちかき地方ちはうなどに住󠄃すむ者もの、ロマよりの旅󠄃人たびびと――ユダヤ人びとおよび改宗者かいしゅうしゃ―― 11 クレテ人びとおよびアラビヤ人びとなるに、我わが國語くにことばにて彼かれらが神かみの大おほいなる御業みわざをかたるを聞きかんとは』〘171㌻〙 12 みな驚おどろき、惑まどひて互たがひに言いふ『これ何事なにごとぞ』 13 或ある者ものどもは嘲󠄂あざけりて言いふ『かれらは甘あまき葡萄酒ぶだうしゅにて滿みたされたり』

14 爰こゝにペテロ十じふ一いちの使󠄃徒しととともに立たち、聲こゑを揚あげ宣のべて言いふ『ユダヤの人々ひとびとおよび凡すべてエルサレムに住󠄃すめる者ものよ、汝なんぢ等らわが言ことばに耳みみを傾かたむけて、この事ことを知しれ。 15 今いまは朝󠄃あさの九時くじなれば、汝なんぢらの思おもふごとく彼かれらは醉ゑひたるに非あらず、
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16 これは預言者よげんしゃヨエルによりて言いはれたる所󠄃ところなり。 17 「神かみいひ給たまはく、末すゑの世よに至いたりて、 我わが靈れいを凡すべての人ひとに注そゝがん。 汝なんぢらの子むすこ女むすめは預言よげんし、 汝なんぢらの若者わかものは幻影まぼろしを見み、 なんぢらの老人としよりは夢ゆめを見みるべし。 18 その世よに至いたりて、わが僕しもべ・婢女はしために わが靈れいを注そゝがん、彼かれらは預言よげんすべし。 19 われ上うへは天てんに不思議ふしぎを、 下したは地ちに徴しるしを現あらはさん、 即すなはち血ちと火ひと煙󠄃けむりの氣きとあるべし。 20 主しゅの大おほいなる顯著いちじるしき日ひのきたる前󠄃まへに、 日ひは闇やみに月󠄃つきは血ちに變かはらん。 21 すべて主しゅの御名みなを呼よび賴たのむ者ものは救すくはれん」 22 イスラエルの人々ひとびとよ、これらの言ことばを聽きけ。ナザレのイエスは、汝なんぢらの知しるごとく、神かみかれに由よりて汝なんぢらの中うちに行おこなひ給たまひし能力ちからある業わざと不思議ふしぎと徴しるしとをもて汝なんぢらに證あかしし給たまへる人ひとなり。 23 この人ひとは神かみの定さだめ給たまひし御旨みむねと、預あらかじめ知しり給たまふ所󠄃ところとによりて付わたされしが、汝なんぢら不法ふほふの人ひとの手てをもて釘磔はりつけにして殺ころせり。 24 然されど神かみは死しの苦難くるしみを解ときて之これを甦よみがへらせ給たまへり。彼かれは死しに繋つながれをるべき者ものならざりしなり。 25 ダビデ彼かれにつきて言いふ 「われ常つねに我わが前󠄃まへに主しゅを見みたり、 我わが動うごかされぬ爲ために我わが右みぎに在いませばなり。 26 この故ゆゑに我わが心こゝろは樂たのしみ、我わが舌したは喜よろこべり、且かつわが肉󠄁體にくたいもまた望󠄇のぞみの中うちに宿やどらん。 27 汝なんぢわが靈魂たましひを黃泉よみに棄すて置おかず、 汝なんぢの聖󠄃者しゃうじゃの朽果くちはつることを許ゆるし給たまはざればなり。 28 汝なんぢは生命いのちの道󠄃みちを我われに示しめし給たまへり、 御顏みかほの前󠄃まへにて我われに勸󠄂喜よろこびを滿みたし給たまはん」 29 兄弟きゃうだいたちよ、先祖せんぞダビデに就つきて、我われはばからず汝なんぢらに言いふを得うべし、彼かれは死しにて葬はうむられ、其その墓はかは今日こんにちに至いたるまで我われらの中うちにあり。 30 即すなはち彼かれは預言者よげんしゃにして、己おのれの身みより出いづる者ものをおのれの座位くらゐに坐ざせしむることを、誓ちかひをもて神かみの約やくし給たまひしを知しり、〘172㌻〙 31 先見せんけんして、キリストの復活よみがへりに就つきて語かたり、その黃泉よみに棄すて置おかれず、その肉󠄁體にくたいの朽果くちはてぬことを言いへるなり。
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32 神かみはこのイエスを甦よみがへらせ給たまへり、我われらは皆みなその證人しょうにんなり。 33 イエスは神かみの右みぎに擧あげられ、約束やくそくの聖󠄃せい靈れいを父󠄃ちちより受うけて汝なんぢらの見み聞きゝする此このものを注そゝぎ給たまひしなり。 34 それダビデは天てんに昇のぼりしことなし、然されど自みづから言いふ 「主しゅわが主しゅに言いひ給たまふ、 35 我われなんぢの敵てきを汝なんぢの足臺あしだいとなすまではわが右みぎに坐ざせよ」と。 36 然さればイスラエルの全󠄃家ぜんかは確しかと知しるべきなり。汝なんぢらが十字架じふじかに釘つけし此このイエスを、神かみは立たてて主しゅとなし、キリストとなし給たまへり』

37 人々ひとびとこれを聞ききて心こゝろを刺さされ、ペテロと他ほかの使󠄃徒しとたちとに言いふ『兄弟きゃうだいたちよ、我われら何なにをなすべきか』 38 ペテロ答こたふ『なんぢら悔改くいあらためて、おのおの罪つみの赦ゆるしを得えんためにイエス・キリストの名なによりてバプテスマを受うけよ、然さらば聖󠄃せい靈れいの賜物たまものを受うけん。 39 この約束やくそくは汝なんぢらと汝なんぢらの子こらと凡すべての遠󠄄とほき者もの、即すなはち主しゅなる我われらの神かみの召めし給たまふ者ものとに屬つくなり』 40 この他ほかなほ多おほくの言ことばをもて證あかしし、かつ勸󠄂すゝめて『この曲まがれる代よより救すくひ出いだされよ』と言いへり。 41 斯かくてペテロの言ことばを聽納󠄃きゝいれし者ものはバプテスマを受うく。この日ひ、弟子でしに加くははりたる者もの、おほよそ三さん千せん人にんなり。 42 彼かれらは使󠄃徒しとたちの敎をしへを受うけ、交󠄄際まじはりをなし、パンを擘さき祈禱いのりをなすことを只管ひたすらつとむ。

43 爰こゝに人ひとみな敬畏おそれを生しゃうじ、多おほくの不思議ふしぎと徴しるしとは使󠄃徒しとたちに由よりて行おこなはれたり。 44 信しんじたる者ものはみな偕ともに居をりて諸般すべての物ものを共ともにし、 45 資󠄄產しさんと所󠄃有󠄃もちものとを賣うり各人おのおのの用ように從したがひて分󠄃わけ與あたへ、 46 日々ひゞ、心こゝろを一ひとつにして弛たゆみなく宮みやに居をり、家いへにてパンをさき、勸󠄂喜よろこびと眞󠄃心まごゝろとをもて食󠄃事しょくじをなし、 47 神かみを讃美さんびして一般すべての民たみに悅よろこばる。斯かくて主しゅは救すくはるる者ものを日々ひゞかれらの中うちに加くはへ給たまへり。
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第3章

1 晝ひるの三時さんじ、いのりの時ときにペテロとヨハネと宮みやに上のぼりしが、 2 爰こゝに生うまれながらの跛者あしなへかかれて來きたる。宮みやに入いる人ひとより施濟ほどこしを乞こふために日々ひゞ宮みやの美麗󠄃うつくしといふ門もんに置おかるるなり。 3 ペテロとヨハネとの宮みやに入いらんとするを見みて施濟ほどこしを乞こひたれば、〘173㌻〙 4 ペテロ、ヨハネと共ともに目めを注とめて『我われらを見みよ』と言いふ。 5 かれ何なにをか受うくるならんと、彼かれらを見みつめたるに、 6 ペテロ言いふ『金きん銀ぎんは我われになし、然されど我われに有󠄃あるものを汝なんぢに與あたふ、ナザレのイエス・キリストの名なによりて步あゆめ』 7 乃すなはち右みぎの手てを執とりて起󠄃おこししに、足あしの甲かふと踝骨くるぶしとたちどころに强つよくなりて、 8 躍󠄃をどり立たち、步あゆみ出いだして、且かつあゆみ且かつをどり、神かみを讃美さんびしつつ彼かれらと共ともに宮みやに入いれり。 9 民たみみな其その步あゆみ、また神かみを讃美さんびするを見みて、 10 彼かれが前󠄃さきに乞食󠄃こつじきにて宮みやの美麗󠄃うつくし門もんに坐ざしゐたるを知しれば、この起󠄃おこりし事ことに就つきて驚駭おどろきと奇異あやしみとに充みちたり。

11 斯かくて彼かれがペテロとヨハネとに取とりすがり居をるほどに、民たみみな甚はなはだしく驚をどろきてソロモンの廊らうと稱󠄄となふる廊らうに馳はせつどふ。 12 ペテロこれを見みて民たみに答こたふ『イスラエルの人々ひとびとよ、何なにぞ此この事ことを怪あやしむか、何なにぞ我われらが己おのれの能力ちからと敬虔けいけんとによりて此この人ひとを步あゆませしごとく、我われらを見みつむるか。 13 アブラハム、イサク、ヤコブの神かみ、われらの先祖せんぞの神かみは、その僕しもべイエスに榮光えいくわうあらしめ給たまへり。汝なんぢ等らこのイエスを付わたし、ピラトの之これを釋ゆるさんと定さだめしを、其その前󠄃まへにて否いなみたり。 14 汝なんぢらは、この聖󠄃者しゃうじゃ・義人ぎじんを否いなみて、殺人者ひとごろしを釋ゆるさんことを求もとめ、 15 生命いのちの君きみを殺ころしたれど、神かみはこれを死人しにんの中うちより甦よみがへらせ給たまへり、我われらは其その證人しょうにんなり。
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16 斯かくてその御名みなを信しんずるに因よりてその御名みなは、汝なんぢらの見みるところ識しるところの此この人ひとを健󠄄つよくしたり。イエスによる信仰しんかうは汝なんぢ等らもろもろの前󠄃まへにて斯かゝる全󠄃癒󠄄ぜんゆを得えさせたり。 17 兄弟きゃうだいよ、われ知しる、汝なんぢらが、かの事ことを爲なししは知しらぬに因よりてなり。汝なんぢらの司つかさたちも亦また然しかり。 18 然されど神かみは凡すべての預言者よげんしゃの口くちをもてキリストの苦難くるしみを受うくべきことを預あらかじめ吿つげ給たまひしを、斯かくは成󠄃就じゃうじゅし給たまひしなり。 19 然されば汝なんぢら罪つみを消󠄃けされん爲ために悔改くいあらためて心こゝろを轉てんぜよ。 20 これ主しゅの御前󠄃みまへより慰安なぐさめの時とききたり、汝なんぢらの爲ために預あらかじめ定さだめ給たまへるキリスト・イエスを遣󠄃つかはし給たまはんとてなり。 21 古いにしへより神かみが、その聖󠄃せいなる預言者よげんしゃの口くちによりて、語かたり給たまひし萬物ばんもつの革あらたまる時ときまで、天てんは必かならずイエスを受うけおくべし。 22 モーセ云いへらく「主しゅなる神かみは[*]汝なんぢらの兄弟きゃうだいの中うちより我わがごとき預言者よげんしゃを起󠄃おこし給たまはん。その語かたる所󠄃ところのことは汝なんぢ等らことごとく聽きくべし。[*或は「我を起󠄃したる如く汝らの兄弟の中より預言者を」と譯す。] 23 凡すべてこの預言者よげんしゃに聽きかぬ者ものは民たみの中うちより滅ほろぼし盡つくさるべし」 24 又󠄂またサムエル以來このかたかたりし預言者よげんしゃも皆みなこの時ときにつきて宣傳のべつたへたり。 25 汝なんぢらは預言者よげんしゃたちの子孫しそんなり、又󠄂またなんぢらの先祖せんぞたちに神かみの立たて給たまひし契󠄅約けいやくの子孫しそんなり、即すなはち神かみアブラハムに吿つげ給たまはく「なんぢの裔すゑによりて地ちの諸族しょぞくはみな祝福しくふくせらるべし」〘174㌻〙 26 神かみはその僕しもべを甦よみがへらせ、まづ汝なんぢらに遣󠄃つかはし給たまへり、これ汝なんぢら各人おのおのを、その罪つみより呼よびかへして祝福しくふくせん爲ためなり』

第4章

1 かれら民たみに語かたり居をるとき、祭司さいしら・宮守頭みやもりがしらおよびサドカイ人びとら近󠄃ちかづき來きたりて、 2 その民たみを敎をしへ、又󠄂またイエスの事ことを引ひきて死人しにんの中うちよりの復活よみがへりを宣のぶるを憂うれひ、 3 手てをかけて之これを捕とらへしに、はや夕ゆふべになりたれば、明あくる日ひまで留置場とめおきばに入いれたり。 4 然されど、その言ことばを聽ききたる人々ひとびとの中うちにも信しんぜし者ものおほくありて、男をとこの數󠄄かずおほよそ五ご千せん人にんとなりたり。
 240㌻ 

5 明あくる日ひ、司つかさ・長老ちゃうらう・學者がくしゃら、エルサレムに會くわいし、 6 大だい祭司さいしアンナス、カヤパ、ヨハネ、アレキサンデル及および大だい祭司さいしの一族いちぞくみな集つどひて、 7 その中なかにかの二人ふたりを立たてて問とふ『如何いかなる能力ちからいかなる名なによりて此この事ことを行おこなひしぞ』 8 この時ときペテロ聖󠄃せい靈れいにて滿みたされ、彼かれらに言いふ『民たみの司つかさたち及および長老ちゃうらうたちよ、 9 我われらが病やめる者ものになしし善よき業わざに就つき、その如何いかにして救すくはれしかを今日けふもし訊たゞさるるならば、 10 汝なんぢら一同いちどうおよびイスラエルの民たみみな知しれ、この人ひとの健󠄄すこやかになりて汝なんぢらの前󠄃まへに立たつは、ナザレのイエス・キリスト、即すなはち汝なんぢらが十字架じふじかに釘つけ、神かみが死人しにんの中うちより甦よみがへらせ給たまひし者ものの名なに賴よることを。 11 このイエスは汝なんぢら造󠄃家者いへつくりに輕かろしめられし石いしにして、隅すみの首石おやいしとなりたるなり。 12 他ほかの者ものによりては救すくひを得うることなし、天あめの下したには我われらの賴たよりて救すくはるべき他ほかの名なを、人ひとに賜たまひし事ことなければなり』

13 彼かれらはペテロとヨハネとの臆おくすることなきを見み、その無學むがくの凡人たゞびとなるを知しりたれば、之これを怪あやしみ、且かつそのイエスと偕ともにありし事ことを認󠄃みとむ。 14 また醫いやされたる人ひとの之これとともに立たつを見みるによりて、更󠄃さらに言いひ消󠄃けす辭ことばなし。 15 爰こゝに、命めいじて彼かれらを衆議所󠄃しゅうぎしょより退󠄃しりぞけ、相あひ共ともに議はかりて言いふ、 16 『この人々ひとびとを如何いかにすべきぞ。彼かれ等らによりて顯著いちじるしき徴しるしの行おこなはれし事ことは、凡すべてエルサレムに住󠄃すむ者ものに知しられ、我われら之これを否いなむこと能あたはねばなり。 17 然されど愈󠄃々いよいよひろく民たみの中うちに言いひ弘ひろまらぬやうに、彼かれらを脅おびやかして今いまより後のちかの名なによりて誰たれにも語かたる事ことなからしめん』 18 乃すなはち彼かれらを呼よび、一切いっさいイエスの名なによりて語かたり、また敎をしへざらんことを命めいじたり。 19 ペテロとヨハネと答こたへていふ『神かみに聽きくよりも汝なんぢらに聽きくは、神かみの御前󠄃みまへに正たゞしきか、汝なんぢら之これを審さばけ。〘175㌻〙
 241㌻ 
20 我われらは見みしこと聽ききしことを語かたらざるを得えず』 21 民たみみな此この有󠄃ありし事ことに就つきて神かみを崇あがめたれば、彼かれらを罰ばっするに由よしなく、更󠄃さらにまた脅おびやかして釋ゆるせり。 22 かの徴しるしによりて醫いやされし人ひとは四十歳しじっさい餘あまりなりしなり。

23 彼かれら釋ゆるされて、その友ともの許もとにゆき、祭司長さいしちゃう・長老ちゃうらうらの言いひし凡すべてのことを吿つげたれば、 24 之これを聞ききて皆みな心こゝろを一ひとつにし、神かみに對むかひ、聲こゑを揚あげて言いふ『主しゅよ、汝なんぢは天てんと地ちと海うみと其その中なかのあらゆる物ものとを造󠄃つくり給たまへり。 25 曾かつて聖󠄃せい靈れいによりて汝なんぢの僕しもべ、われらの先祖せんぞダビデの口くちをもて 「何なにゆゑ異邦󠄆人いはうじんは騷さわぎ立たち、 民たみらは空󠄃むなしき事ことを謀はかるぞ。 26 世よの王わう等たちは共ともに立たち、 司つかさらは一ひとつに集あつまりて、 主しゅおよび其そのキリストに逆󠄃さからふ」と宣給のたまへり。 27 果はたしてヘロデとポンテオ・ピラトとは、異邦󠄆人いはうじんおよびイスラエルの民たみ等らとともに、汝なんぢの油あぶらそそぎ給たまひし聖󠄃せいなる僕しもべイエスに逆󠄃さからひて此この都みやこにあつまり、 28 御手みてと御旨みむねとにて、斯かく成󠄃なるべしと預あらかじめ定さだめ給たまひし事ことをなせり。 29 主しゅよ、今いまかれらの脅喝おびやかしを御覽みそなはし、僕しもべらに御言みことばを聊いさゝかも臆おくすることなく語かたらせ、 30 御手みてをのべて醫いを施ほどこさせ、汝なんぢの聖󠄃せいなる僕しもべイエスの名なによりて徴しるしと不思議ふしぎとを行おこなはせ給たまへ』 31 祈いのり終󠄃をへしとき其その集あつまりをる處ところ震ふるひ動うごき、みな聖󠄃せい靈れいにて滿みたされ、臆おくすることなく神かみの御言みことばを語かたれり。

32 信しんじたる者ものの群むれは、おなじ心こゝろおなじ思おもひとなり、誰たれ一人ひとりその所󠄃有󠄃もちものを己おのが者ものと謂いはず、凡すべての物ものを共ともにせり。 33 斯かくて使󠄃徒しとたちは大おほいなる能力ちからをもて主しゅイエスの復活よみがへりの證あかしをなし、みな大おほいなる恩惠めぐみを蒙かうむりたり。 34 彼かれらの中うちには一人ひとりの乏とぼしき者ものもなかりき。これ地所󠄃ぢしょあるいは家屋いへを有󠄃もてる者もの、これを賣うり、その賣うりたる物ものの價あたひを持もち來きたりて、
 242㌻ 
35 使󠄃徒しとたちの足下あしもとに置おきしを、各人おのおのその用ように隨したがひて分󠄃わけ與あたへられたればなり。

36 爰こゝにクプロに生うまれたるレビ人びとにて、使󠄃徒しとたちにバルナバ(釋とけば慰籍なぐさめの子こ)と稱󠄄となへらるるヨセフ、 37 畑はたありしを賣うりて其その金かねを持もちきたり、使󠄃徒しとたちの足下あしもとに置おけり。

第5章

1 然しかるにアナニヤと云いふ人ひと、その妻つまサツピラと共ともに資󠄄產しさんを賣うり、 2 その價あたひの幾分󠄃いくぶんを匿かくしおき、殘のこる幾分󠄃いくぶんを持もちきたりて使󠄃徒しとたちの足下あしもとに置おきしが、妻つまも之これを與あづかれり。 3 爰こゝにペテロ言いふ『アナニヤよ、何なに故ゆゑなんぢの心こゝろサタンに滿みち、聖󠄃せい靈れいに對たいし詐いつはりて、地所󠄃ぢしょの價あたひの幾分󠄃いくぶんを匿かくしたるぞ。〘176㌻〙 4 有󠄃ありし時ときは汝なんぢの物ものなり、賣うりて後のちも汝なんぢの權けんの內うちにあるに非あらずや、何なにとて斯かゝることを心こゝろに企くはだてし。なんぢ人ひとに對たいしてにあらず、神かみに對たいして詐いつはりしなり』 5 アナニヤこの言ことばをきき、倒たふれて息いき絕たゆ。これを聞きく者ものみな大おほいなる懼おそれを懷いだく。 6 若者わかものども立たちて彼かれを包󠄃つゝみ、舁かき出いだして葬はうむれり。

7 凡おほよそ三さん時間じかんを經へて、その妻つまこの有󠄃ありし事ことを知しらずして入いり來きたりしに、 8 ペテロ之これに向むかひて言いふ『なんぢら此これ程󠄃ほどの價あたひにてかの地所󠄃ぢしょを賣うりしか、我われに吿つげよ』女をんないふ『然しかり、此これ程󠄃ほどなり』 9 ペテロ言いふ『なんぢら何なにぞ心こゝろを合あはせて主しゅの御靈みたまを試こゝろみんとせしか、視みよ、なんぢの夫をっとを葬はうむりし者ものの足あしは門口かどぐちにあり、汝なんぢをもまた舁かき出いだすべし』 10 をんな立刻󠄂たちどころにペテロの足下あしもとに倒たふれて息いき絕たゆ。若者わかものども入いり來きたりて、その死しにたるを見み、これを舁かき出いだして夫をっとの傍かたはらに葬はうむれり。 11 爰こゝに全󠄃ぜん敎會けうくわいおよび此これ等らのことを聞きく者ものみな大おほいなる懼おそれを懷いだけり。

12 使󠄃徒しとたちの手てによりて多おほくの徴しるしと不思議ふしぎと民たみの中うちに行おこなはれたり。彼かれ等らはみな心こゝろを一ひとつにして、ソロモンの廊らうにあり。
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13 他ほかの者ものどもは敢あへて近󠄃ちかづかず、民たみは彼かれらを崇あがめたり。 14 信しんずるもの男女なんにょとも增々ますますおほく主しゅに屬つけり。 15 終󠄃つひには人々ひとびと、病やめる者ものを大路おほじに舁かききたり、寢臺ねだいまたは床とこの上うへにおく。此これ等らのうち誰たれにもせよ、ペテロの過󠄃すぎん時とき、その影かげになりと庇おほはれんとてなり。 16 又󠄂またエルサレムの周󠄃圍󠄃まはりの町々まちまちより多おほくの人々ひとびと、病やめる者もの・穢けがれし靈れいに惱なやまされたる者ものを携たづさへきたりて集つどひたりしが、みな醫いやされたり。

17 爰こゝに大だい祭司さいしおよび之これと偕ともなる者もの、即すなはちサドカイ派󠄄はの人々ひとびと、みな嫉ねたみに滿みたされて立たち、 18 使󠄃徒しとたちに手てをかけて之これを留置場とめおきばに入いる。 19 然しかるに主しゅの使󠄃つかひ、夜よる、獄ひとやの戶とをひらき、彼かれらを連󠄃つれ出いだして言いふ、 20 『往󠄃ゆきて宮みやに立たち、この生命いのちの言ことばをことごとく民たみに語かたれ』 21 かれら之これを聞きき、夜明よあけがた宮みやに入いりて敎をしふ。大だい祭司さいしおよび之これと偕ともなる者ものども集つどひきたりて議會ぎくわいとイスラエル人びとの元老げんらうとを呼よびあつめ、使󠄃徒しとたちを曳ひき來きたらせんとて、人ひとを牢舍らうやに遣󠄃つかはしたり。 22 下役したやくども往󠄃ゆきしに、獄ひとやのうちに彼かれらの居をらぬを見みて、歸かへりきたり吿つげて言いふ、 23 『われら牢舍らうやの堅かたく閉とぢられて、戶との前󠄃まへに牢番らうばんの立たちたるを見みしに、開ひらきて見みれば、內うちには誰たれも居をらざりき』 24 宮守頭みやもりがしらおよび祭司長さいしちゃうら、この言ことばを聞ききて如何いかになりゆくべきかと、惑まどひいたるに、 25 或ある人ひときたり吿つげて言いふ『視みよ、汝なんぢらの獄ひとやに入いれし人ひとは、宮みやに立たちて民たみを敎をしへ居をるなり』〘177㌻〙 26 爰こゝに宮守頭みやもりがしら、下役したやくを伴󠄃ともなひて出いでゆき、彼かれらを曳ひき來きたる。されど手暴てあらきことをせざりき、これ民たみより石いしにて打うたれんことを恐おそれたるなり。 27 彼かれらを連󠄃つれ來きたりて議會ぎくわいの中なかに立たてたれば、大だい祭司さいし問とひて言いふ、 28 『我等われらかの名なによりて敎をしふることを堅かたく禁きんぜしに、視みよ、汝なんぢらは其その敎をしへをエルサレムに滿みたし、かの人ひとの血ちを我われらに負󠄅おはせんとす』 29 ペテロ及および他ほかの使󠄃徒しとたち答こたへて言いふ『人ひとに從したがはんよりは神かみに從したがふべきなり。
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30 我われらの先祖せんぞの神かみはイエスを起󠄃おこし給たまひしに、汝なんぢらは之これを木きに懸かけて殺ころしたり。 31 神かみは彼かれを君きみとし救主すくひぬしとして己おのが右みぎにあげ、悔改くいあらためと罪つみの赦ゆるしとをイスラエルに與あたへしめ給たまふ。 32 我われらは此この事ことの證人しょうにんなり。神かみのおのれに從したがふ者ものに賜たまふ聖󠄃せい靈れいもまた然しかり』

33 かれら之これをききて怒いかりに滿みち、使󠄃徒しとたちを殺ころさんと思おもへり。 34 然しかるにパリサイ人びとにて凡すべての民たみに尊󠄅たふとばるる敎法けうはふ學者がくしゃガマリエルと云いふもの、議會ぎくわいの中なかに立たち、命めいじて使󠄃徒しとたちを暫しばらく外そとに出いださしめ、議員ぎゐんらに向むかひて言いふ、 35 『イスラエルの人ひとよ、汝なんぢらが此この人々ひとびとに爲なさんとする事ことにつきて心こゝろせよ。 36 前󠄃さきにチウダ起󠄃おこりて、自みづから大おほいなりと稱󠄄しょうし、之これに附つき隨したがふ者ものの數󠄄かず、おほよそ四し百ひゃく人にんなりしが、彼かれは殺ころされ、從したがへる者ものはみな散ちらされて跡あとなきに至いたれり。 37 そののち戶籍こせき登錄とうろくのときガリラヤのユダ起󠄃おこりて多おほくの民たみを誘さそひ、おのれに從したがはしめしが、彼かれも亡ほろび從したがへる者ものもことごとく散ちらされたり。 38 然されば今いまなんぢらに言いふ、この人々ひとびとより離はなれて、その爲なすに任まかせよ。若もしその企圖󠄃くはだてその所󠄃作しわざ、人ひとより出いでたらんには自おのづから壞やぶれん。 39 もし神かみより出いでたらんには彼かれらを壞やぶること能あたはず、恐おそらくは汝なんぢら神かみに敵てきする者ものとならん』 40 彼かれ等らその勸󠄂吿すゝめにしたがひ、遂󠄅つひに使󠄃徒しとたちを呼よび出いだして之これを鞭むちうち、イエスの名なによりて語かたることを堅かたく禁きんじて釋ゆるせり。 41 使󠄃徒しとたちは御名みなのために辱はづかしめらるるに相應ふさはしき者ものとせられたるを喜よろこびつつ、議員ぎゐんらの前󠄃まへを出いで去されり。 42 斯かくて日每ひごとに宮みやまた家いへにて敎をしへをなし、イエスのキリストなる事ことを宣傳のべつたへて止やまざりき。
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第6章

1 そのころ弟子でしのかず增まし加くははり、ギリシヤ語ことばのユダヤ人びと、その寡婦󠄃やもめらが日々ひゞの施濟ほどこしに漏もらされたれば、ヘブル語ことばのユダヤ人びとに對たいして呟つぶやく事ことあり。 2 爰こゝに十二じふに使󠄃徒しとすべての弟子でしを呼よび集あつめて言いふ『われら神かみの言ことばを差措さしおきて、食󠄃卓しょくたくに事つかふるは宣よろしからず。 3 然されば兄弟きゃうだいよ、汝なんぢらの中うちより御靈みたまと智慧󠄄ちゑとにて滿みちたる令聞よききこえある者もの七人しちにんを見出みいだせ、それに此この事ことを掌つかさどらせん。〘178㌻〙 4 我われらは專もっぱら祈いのりをなすことと御言みことばに事つかふることとを務つとめん』 5 集あつまれる凡すべての者ものこの言ことばを善よしとし、信仰しんかうと聖󠄃せい靈れいとにて滿みちたるステパノ及およびピリポ、プロコロ、ニカノル、テモン、パルメナ、またアンテオケの改宗者かいしゅうしゃニコラオを選󠄄えらびて、 6 使󠄃徒しとたちの前󠄃まへに立たてたれば、使󠄃徒しとたち祈いのりて手てをその上うへに按おけり。

7 斯かくて神かみの言ことばますます弘ひろまり、弟子でしの數󠄄かずエルサレムにて甚はなはだ多おほくなり、祭司さいしの中うちにも信仰しんかうの道󠄃みちに從したがへるもの多おほかりき。

8 さてステパノは恩惠めぐみと能力ちからとにて滿みち、民たみの中うちに大おほいなる不思議ふしぎと徴しるしとを行おこなへり。 9 爰こゝに世よに稱󠄄となふる[*]リベルテンの會堂くわいだうおよびクレネ人びと、アレキサンデリヤ人びと、またキリキヤとアジヤとの人ひとの諸しょ會堂くわいだうより人々ひとびと起󠄃たちてステパノと論ろんぜしが、[*「自由を得し者」との義なり。] 10 その語かたるところの智慧󠄄ちゑと御靈みたまとに敵てきすること能あたはず。 11 乃すなはち或ある者ものどもを唆そゝのかして『我われらはステパノが、モーセと神かみとを瀆けがす言ことばをいふを聞きけり』と言いはしめ、 12 民たみおよび長老ちゃうらう・學者がくしゃらを煽󠄄動せんどうし、俄にはかに來きたりてステパノを捕とらへ、議會ぎくわいに曳ひきゆき、 13 僞證者ぎしょうしゃを立たてて言いはしむ『この人ひとはこの聖󠄃せいなる所󠄃ところと律法おきてとに逆󠄃さからふ言ことばを語かたりて止やまず、
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14 即すなはち、かのナザレのイエスは此この所󠄃ところを毀こぼち、かつモーセの傳つたへし例れいを變かふべしと、彼かれが云いへるを聞きけり』と。 15 爰こゝに議會ぎくわいに坐ざしたる者ものみな目めを注そゝぎてステパノを見みしに、その顏かほは御使󠄃みつかひの顏かほの如ごとくなりき。

第7章

1 斯かくて大だい祭司さいしいふ『此これ等らのこと果はたして斯かくの如ごときか』 2 ステパノ言いふ 『兄弟きゃうだいたち親おやたちよ、聽きけ、我われらの先祖せんぞアブラハム未いまだカランに住󠄃すまずして尙なほメソポタミヤに居をりしとき榮光えいくわうの神かみあらはれて、 3 「なんぢの土地とち、なんぢの親族しんぞくを離はなれて、我わが示しめさんとする地ちに往󠄃ゆけ」と言いひ給たまへり。 4 爰こゝにカルデヤの地ちに出いでてカランに住󠄃すみたりしが、その父󠄃ちちの死しにしのち、神かみは彼かれを彼處かしこより汝なんぢらの今いま住󠄃すめる此この地ちに移うつらしめ、 5 此處ここにて足あし、蹈立ふみたつる程󠄃ほどの地ちをも嗣業しげふに與あたへ給たまはざりき。然しかるに、その地ちを未いまだ子こなかりし彼かれと彼かれの裔すゑとに所󠄃有󠄃もちものとして與あたへんと約やくし給たまへり。 6 神かみまた其その裔すゑは他ほかの國くにに寄寓人やどりびととなり、その國人くにびとは之これを四百年しひゃくねんのあひだ奴隷どれいとなして苦くるしめん事ことを吿つげ給たまへり。 7 神かみいひ給たまふ「われは彼かれらを奴隷どれいとする國人くにびとを審さばかん、然しかるのち彼かれ等らその國くにを出いで、この處ところにて我われに事つかへん」 8 神かみまた割󠄅禮かつれいの契󠄅約けいやくをアブラハムに與あたへ給たまひたれば、イサクを生うみて八日やうかめに之これに割󠄅禮かつれいを行おこなへり。イサクはヤコブを、ヤコブは十二じふにの先祖せんぞを生うめり。〘179㌻〙 9 先祖せんぞたちヨセフを嫉ねたみてエジプトに賣うりしに、神かみは彼かれと偕ともに在いまして、 10 凡すべての患難なやみより之これを救すくひ出いだし、エジプトの王わうパロの前󠄃まへにて寵愛ちょうあいを得えさせ、また智慧󠄄ちゑを與あたへ給たまひたれば、パロ之これを立たててエジプトと己おのが全󠄃家ぜんかとの宰つかさとなせり。 11 時ときにエジプトとカナンの全󠄃地ぜんちとに飢󠄄饉ききんありて大おほいなる患難なやみおこり、我われらの先祖せんぞたち糧かてを求もとめ得えざりしが、 12 ヤコブ、エジプトに穀物こくもつあるを聞ききて先まづ我われらの先祖せんぞたちを遣󠄃つかはす。 13 二度ふたゝびめの時ときヨセフその兄弟きゃうだいたちに知しられ、ヨセフの氏族しぞくパロに明あきらかになれり。 14 ヨセフ言いひ遣󠄃つかはして己おのが父󠄃ちちヤコブと凡すべての親族しんぞくと七しち十じふ五ご人にんを招まねきたれば、
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15 ヤコブ、エジプトに下くだり、彼處かしこにて己おのれも我われらの先祖せんぞたちも死しにたり。 16 彼かれ等らシケムに送󠄃おくられ、曾かつてアブラハムがシケムにてハモルの子こ等らより銀かねをもて買かひ置おきし墓はかに葬はうむられたり。 17 斯かくて神かみのアブラハムに語かたり給たまひし約束やくそくの時とき、近󠄃ちかづくに隨したがひて、民たみはエジプトに蕃ふえ衍ひろがり、 18 ヨセフを知しらぬ他ほかの王わう、エジプトに起󠄃おこるに及およべり。 19 王わうは惡計わるだくみをもて我われらの同族やからにあたり、我われらの先祖せんぞたちを苦くるしめて其その嬰兒みどりごの生存いきながらふる事ことなからんやう之これを棄すつるに至いたらしめたり。 20 その頃ころモーセ生うまれて甚いと麗󠄃うるはしくして三月󠄃みつきのあひだ父󠄃ちちの家いへに育そだてられ、 21 遂󠄅つひに棄すてられしを、パロの娘むすめひき上あげて己おのが子ことして育そだてたり。 22 斯かくてモーセはエジプト人びとの凡すべての學術󠄃がくじゅつを敎をしへられ、言ことばと業わざとに能力ちからあり。 23 年齡よはひ四十しじふになりたる時とき、おのが兄弟きゃうだいたるイスラエルの子孫しそんを顧󠄃かへりみる心こゝろおこり、 24 一人ひとりの害󠄅そこなはるるを見みて之これを護まもり、エジプト人びとを擊うちて、虐󠄃しへたげらるる者ものの仇あたを復かへせり。 25 彼かれは己おのれの手てによりて神かみが救すくひを與あたへんと爲し給たまふことを、兄弟きゃうだいたち悟さとりしならんと思おもひたるに、悟さとらざりき。 26 翌󠄃日よくじつかれらの相あひ爭あらそふところに現あらはれて和睦わぼくを勸󠄂すゝめて言いふ「人々ひとびとよ、汝なんぢらは兄弟きゃうだいなるに何なんぞ互たがひに害󠄅そこなふか」 27 隣となりを害󠄅そこなふ者もの、モーセを押退󠄃おしのけて言いふ「誰たれが汝なんぢを立たてて我われらの司つかさまた審判󠄄さばき人ひととせしぞ、 28 昨日きのふエジプト人びとを殺ころしたる如ごとく我われをも殺ころさんとするか」 29 この言ことばにより、モーセ遁󠄅のがれてミデアンの地ちの寄寓人やどりびととなり、彼處かしこにて二人ふたりの子こを儲まうけたり。 30 四十しじふ年ねんを歷へて後のちシナイ山やまの荒野あらのにて御使󠄃みつかひ、柴しばの燄ほのほのなかに現あらはれたれば、 31 モーセ之これを見みて視みるところを怪あやしみ、認󠄃みとめんとして近󠄃ちかづきしとき、主しゅの聲こゑあり。曰いはく、 32 「我われは汝なんぢの先祖せんぞたちの神かみ、即すなはちアブラハム、イサク、ヤコブの神かみなり」モーセ戰慄ふるひをのゝき敢あへて認󠄃みとむることを爲せず。〘180㌻〙 33 主しゅいひ給たまふ「なんぢの足あしの鞋くつを脫ぬげ、なんぢの立たつところは聖󠄃せいなる地ちなり。
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34 我われエジプトに居をる我わが民たみの苦難くるしみを見み、その歎息なげきをききて之これを救すくはん爲ために降󠄄くだれり。いで我われなんぢをエジプトに遣󠄃つかはさん」 35 斯かく彼かれらが「誰たれが、汝なんぢを立たてて司つかさまた審判󠄄さばき人ひととせしぞ」と言いひて拒󠄃こばみし此このモーセを、神かみは柴しばのなかに現あらはれたる御使󠄃みつかひの手てにより、司つかさまた[*]救人すくひてとして遣󠄃つかはし給たまへり。[*或は「贖人」と譯す。] 36 この人ひとかれらを導󠄃みちびき出いだし、エジプトの地ちにても、また紅海こうかいおよび四十しじふ年ねんのあひだ荒野あらのにても、不思議ふしぎと徴しるしとを行おこなひたり。 37 イスラエルの子こらに「神かみは[*]汝なんぢらの兄弟きゃうだいの中うちより我わがごとき預言者よげんしゃを起󠄃おこし給たまはん」と云いひしは、此このモーセなり。[*或は「我を起󠄃したる如く汝らの兄弟の中より預言者を」と譯す。] 38 彼かれはシナイ山やまにて語かたりし御使󠄃みつかひおよび我われらの先祖せんぞたちと偕ともに荒野あらのなる集會あつまりに在ありて汝なんぢらに與あたへん爲ために生いける御言みことばを授さづかりし人ひとなり。 39 然しかるに我われらの先祖せんぞたちは此この人ひとに從したがふことを好このまず、反かへつて之これを押退󠄃おしのけ、その心こゝろエジプトに還󠄃かへりて、 40 アロンに言いふ「我われらに先さきだち往󠄃ゆくべき神々かみ〴〵を造󠄃つくれ、我われらをエジプトの地ちより導󠄃みちびき出いだしし、かのモーセの如何いかになりしかを知しらざればなり」 41 その頃ころかれら犢こうしを造󠄃つくり、その偶像󠄃ぐうざうに犧牲いけにへを獻さゝげて己おのが手ての所󠄃作しわざを喜よろこべり。 42 爰こゝに神かみは彼かれらを離はなれ、その天てんの軍勢ぐんぜいに事つかふるに任まかせ給たまへり。これは預言者よげんしゃたちの書ふみに 「イスラエルの家いへよ、なんぢら 荒野あらのにて四十しじふ年ねんの間あひだ、 屠󠄃ほふりし畜けものと犧牲いけにへとを我われに獻さゝげしや。 43 汝なんぢらは拜はいせんとして造󠄃つくれる像󠄃ざう、 すなはちモロクの幕屋まくやと 神かみロンパの星ほしとを舁かきたり。 われ汝なんぢらをバビロンの彼方かなたに移うつさん」と錄しるされたるが如ごとし。 44 我われらの先祖せんぞたちは荒野あらのにて證あかしの幕屋まくやを有󠄃もてり、モーセに語かたり給たまひし者ものの、彼かれが見みし式かたに循したがひて造󠄃つくれと命めいじ給たまひしままなり。 45 我われらの先祖せんぞたちは之これを承うけ繼つぎ、先祖せんぞたちの前󠄃まへより神かみの逐󠄃おひいだし給たまひし異邦󠄆人いはうじんの領地れうちを收をさめし時とき、ヨシユアとともに携たづさへ來きたりてダビデの日ひに及およべり。 46 ダビデ、神かみの前󠄃まへに恩惠めぐみを得えてヤコブの神かみのために住󠄃處すみかを設まうけんと求もとめたり。
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47 而しかして、その家いへを建󠄄たてたるはソロモンなりき。 48 されど至高者いとたかきものは手てにて造󠄃つくれる所󠄃ところに住󠄃すみ給たまはず、即すなはち預言者よげんしゃの 49 「主しゅ、宣給のたまはく、天てんは我わが座位くらゐ、 地ちは我わが足臺あしだいなり。 汝なんぢ等らわが爲ために如何いかなる家いへをか建󠄄たてん、 わが休息やすみのところは何處いづこなるぞ。〘181㌻〙 50 わが手ては凡すべて此これ等らの物ものを造󠄃つくりしにあらずや」と云いへるが如ごとし。 51 項强うなじこはくして心こゝろと耳みみとに割󠄅禮かつれいなき者ものよ、汝なんぢらは常つねに聖󠄃せい靈れいに逆󠄃さからふ、その先祖せんぞたちの如ごとく汝なんぢらも然しかり。 52 汝なんぢらの先祖せんぞたちは預言者よげんしゃのうちの誰たれをか迫󠄃害󠄅はくがいせざりし。彼かれらは義人ぎじんの來きたるを預あらかじめ吿つげし者ものを殺ころし、汝なんぢらは今いまこの義人ぎじんを賣うり、かつ殺ころす者ものとなれり。 53 なんぢら、御使󠄃みつかひたちの傳つたへし律法おきてを受うけて、尙なほこれを守まもらざりき』

54 人々ひとびとこれらの言ことばを聞ききて心こゝろ、怒いかりに滿みち切齒はがみしつつステパノに向むかふ。 55 ステパノは聖󠄃せい靈れいにて滿みち、天てんに目めを注そゝぎ、神かみの榮光えいくわうおよびイエスの神かみの右みぎに立たちたまふを見みて言いふ、 56 『視みよ、われ天てん開ひらけて人ひとの子この、神かみの右みぎに立たち給たまふを見みる』 57 爰こゝに彼かれら大聲おほごゑに叫さけびつつ、耳みみを掩おほひ心こゝろを一ひとつにして驅かけ寄より、 58 ステパノを町まちより逐󠄃おひいだし、石いしにて擊うてり。證人しょうにんらその衣ころもをサウロといふ若者わかものの足下あしもとに置おけり。 59 斯かくて彼かれ等らがステパノを石いしにて擊うてるとき、ステパノ呼よびて言いふ『主しゅイエスよ、我わが靈れいを受うけたまへ』 60 また跪ひざまづきて大聲おほごゑに『主しゅよ、この罪つみを彼かれらの負󠄅おはせ給たまふな』と呼よばはる。斯かく言いひて眠ねむりに就つけり。

第8章

1 サウロは彼かれの殺ころさるるを可よしとせり。   その日ひエルサレムに在ある敎會けうくわいに對むかひて大おほいなる迫󠄃害󠄅はくがいおこり、使󠄃徒しとたちの他ほかは皆みなユダヤ及およびサマリヤの地方ちはうに散ちらさる。
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2 敬虔けいけんなる人々ひとびとステパノを葬はうむり、彼かれのために大おほいに胸むね打うてり。 3 サウロは敎會けうくわいをあらし、家々いへいへに入いり男女なんにょを引出ひきいだして獄ひとやに付わたせり。

4 爰こゝに散ちらされたる者ものども歷へ巡󠄃めぐりて御言みことばを宣のべしが、 5 ピリポはサマリヤの町まちに下くだりてキリストの事ことを傳つたふ。 6 群衆ぐんじゅうピリポの行おこなふ徴しるしを見み聞きゝして、心こゝろを一ひとつにし、謹つゝしみて其その語かたる事ことどもを聽きけり。 7 これ多おほくの人ひとより、之これに憑つきたる穢けがれし靈れい、大聲おほごゑに叫さけびて出いで、また中風ちゅうぶの者ものと跛者あしなへと多おほく醫いやされたるに因よる。 8 この故ゆゑにその町まちに大おほいなる勸󠄂喜よろこびおこれり。

9 爰こゝにシモンといふ人ひとあり、前󠄃さきにその町まちにて魔󠄃術󠄃まじゅつを行おこなひ、サマリヤ人びとを驚をどろかして自みづから大おほいなる者ものと稱󠄄となへたり。 10 小せうより大だいに至いたる凡すべての人ひとつつしみて之これに聽きき『この人ひとは、いわゆる神かみの大能たいのうなり』といふ。 11 かく謹つつしみて聽きけるは、久ひさしき間あひだその魔󠄃術󠄃まじゅつに驚をどろかされし故ゆゑなり。〘182㌻〙 12 然しかるにピリポが、神かみの國くにとイエス・キリストの御名みなとに就つきて宣傳のべつたふるを人々ひとびと信しんじたれば、男女なんにょともにバプテスマを受うく。 13 シモンも亦またみづから信しんじ、バプテスマを受うけて、常つねにピリポと偕ともに居をり、その行おこなふ徴しるしと、大おほいなる能力ちからとを見みて驚をどろけり。

14 エルサレムに居をる使󠄃徒しとたちは、サマリヤ人びと、神かみの御言みことばを受うけたりと聞ききてペテロとヨハネとを遣󠄃つかはしたれば、 15 彼かれら下くだりて人々ひとびとの聖󠄃せい靈れいを受うけんことを祈いのれり。 16 これ主しゅイエスの名なによりてバプテスマを受うけしのみにて、聖󠄃せい靈れいいまだ其その一人ひとりにだに降󠄄くだらざりしなり。 17 爰こゝに二人ふたりのもの彼かれらの上うへに手てを按おきたれば、みな聖󠄃せい靈れいを受うけたり。 18 使󠄃徒しとたちの按手あんしゅによりて其その御靈みたまを與あたへられしを見みて、シモン金かねを持もち來きたりて言いふ、 19 『わが手てを按おくすべての人ひとの聖󠄃せい靈れいを受うくるやうに此この權威󠄂けんゐを我われにも與あたへよ』
 251㌻ 
20 ペテロ彼かれに言いふ『なんぢの銀ぎんは汝なんぢとともに亡ほろぶべし、なんぢ金かねをもて神かみの賜物たまものを得えんと思おもへばなり。 21 なんぢは此この事ことに關係かゝはりなく干與あづかりなし、なんぢの心こゝろ、神かみの前󠄃まへに正たゞしからず。 22 然されば、この惡あくを悔改くいあらためて主しゅに祈いのれ、なんぢが心こゝろの念おもひあるひは赦ゆるされん。 23 我われなんぢが苦にがき膽汁たんじふと不義ふぎの繋つなぎとに居をるを見みるなり』 24 シモン答こたへて言いふ『なんぢらの言いふ所󠄃ところのこと一ひとつも我われに來きたらぬやう汝なんぢら我わがために主しゅに祈いのれ』

25 斯かくて使󠄃徒しとたちは證あかしをなし、主しゅの御言みことばを語かたりて後のち、サマリヤ人びとの多おほくの村むらに福音󠄃ふくいんを宣傳のべつたへつつエルサレムに歸かへれり。

26 然しかるに主しゅの使󠄃つかひピリポに語かたりて言いふ『なんぢ起󠄃たちて[*]南みなみに向むかひエルサレムよりガザに下くだる道󠄃みちに往󠄃ゆけ。そこは荒野あらのなり』[*南に向ひ、或は「畫頃」と譯す。] 27 ピリポ起󠄃たちて往󠄃ゆきたれば、視みよ、エテオピヤの女王にょわうカンダケの權官けんくわんにして、凡すべての寳物はうもつを掌つかさどる閹人えんじん、エテオピヤ人びとあり、禮拜れいはいの爲ためにエルサレムに上のぼりしが、 28 歸かへる途󠄃みちすがら馬車ばしゃに坐ざして預言者よげんしゃイザヤの書ふみを讀よみゐたり。 29 御靈みたまピリポに言いひ給たまふ『ゆきて此この馬車ばしゃに近󠄃寄ちかよれ』 30 ピリポ走はしり寄よりて、その預言者よげんしゃイザヤの書ふみを讀よむを聽ききて言いふ『なんぢ其その讀よむところを悟さとるか』 31 閹人えんじんいふ『導󠄃みちびく者ものなくば、いかで悟さとり得えん』而しかしてピリポに、乘のりて共ともに坐ざせんことを請󠄃こふ。 32 その讀よむところの聖󠄃書せいしょの文󠄃ぶんは是これなり 『彼かれは羊ひつじの屠󠄃場はふりばに就つくが如ごとく曳ひかれ、 羔羊こひつじのその毛けを剪きる者もののまへに默もだすがごとく 口くちを開ひらかず。〘183㌻〙 33 卑いやしめられて審判󠄄さばきを奪うばはれたり、 誰たれかその代よの狀さまを述󠄃のべ得えんや。 その生命いのち、地上ちじゃうより取とられたればなり』 34 閹人えんじんこたへてピリポに言いふ『預言者よげんしゃは誰たれに就つきて斯かく云いへるぞ、己おのれに就つきてか、人ひとに就つきてか、請󠄃こふ示しめせ』
 252㌻ 
35 ピリポ口くちを開ひらき、この聖󠄃せい句くを始はじめとしてイエスの福音󠄃ふくいんを宣傳のべつたふ。 36 途󠄃みちを進󠄃すゝむる程󠄃ほどに水みづある所󠄃ところに來きたりたれば、閹人えんじんいふ『視みよ水みづあり、我わがバプテスマを受うくるに何なにの障さはりかある』 37 [なし][*][*異本「ピリポいふ、汝全󠄃き心にて信ぜばよし。答へていふ、我イエス・キリストを神の子なりと信ず」とあり。] 38 乃すなはち命めいじて馬車ばしゃを止とゞめ、ピリポと閹人えんじんと二人ふたりともに水みづに下くだりて、ピリポ閹人えんじんにバプテスマを授さづく。 39 彼かれら水みづより上あがりしとき、主しゅの靈れい、ピリポを取去とりさりたれば、閹人えんじんふたたび彼かれを見みざりしが、喜よろこびつつ其その途󠄃みちに進󠄃すゝみ往󠄃ゆけり。 40 斯かくてピリポはアゾトに現あらはれ、町々まちまちを經へて福音󠄃ふくいんを宣傳のべつたへつつカイザリヤに到いたれり。

第9章

1 サウロは主しゅの弟子でしたちに對たいして、なほ恐喝おびやかしと殺害󠄅せつがいとの氣きを充みたし、大だい祭司さいしにいたりて、 2 ダマスコにある諸しょ會堂くわいだうへの添書そへぶみを請󠄃こふ。この道󠄃みちの者ものを見出みいださば、男女なんにょにかかはらず縛󠄃しばりてエルサレムに曳ひかん爲ためなり。 3 往󠄃ゆきてダマスコに近󠄃ちかづきたるとき、忽たちまち天てんより光ひかりいでて、彼かれを環󠄃めぐり照てらしたれば、 4 かれ地ちに倒たふれて『サウロ、サウロ、何なにぞ我われを迫󠄃害󠄅はくがいするか』といふ聲こゑをきく。 5 彼かれいふ『主しゅよ、なんぢは誰たれぞ』答こたへたまふ『われは汝なんぢが迫󠄃害󠄅はくがいするイエスなり。 6 起󠄃おきて町まちに入いれ、さらば汝なんぢなすべき事ことを吿つげらるべし』 7 同行どうかうの人々ひとびと、物もの言いふこと能あたはずして立たちたりしが、聲こゑは聞きけども誰たれをも見みざりき。 8 サウロ地ちより起󠄃おきて目めをあけたれど何なにも見みえざれば、人ひとその手てをひきてダマスコに導󠄃みちびきゆきしに、 9 三日みっかのあひだ見みえず、また飮食󠄃のみくひせざりき。

10 さてダマスコにアナニヤといふ一人ひとりの弟子でしあり、幻影まぼろしのうちに主しゅいひ給たまふ『アナニヤよ』答こたふ『主しゅよ、我われここに在あり』 11 主しゅいひ給たまふ『起󠄃おきて直すぐといふ街ちまたにゆき、ユダの家いへにてサウロといふタルソ人びとを尋󠄃たづねよ。視みよ、彼かれは祈いのりをるなり。
 253㌻ 
12 又󠄂またアナニアといふ人ひとの入いり來きたりて再ふたゝび見みゆることを得えしめんために、手てを己おのがうへに按おくを見みたり』 13 アナニヤ答こたふ『主しゅよ、われ多おほくの人ひとより此この人ひとに就つきて聞ききしに、彼かれがエルサレムにて汝なんぢの聖󠄃徒せいとに害󠄅がいを加くはへしこと如何いか許ばかりぞや。〘184㌻〙 14 また此處ここにても凡すべて汝なんぢの御名みなをよぶ者ものを縛󠄃しばる權けんを祭司長さいしちゃうらより受うけをるなり』 15 主しゅいひ給たまふ『往󠄃ゆけ、この人ひとは異邦󠄆人いはうじん・王わうたち・イスラエルの子孫しそんのまへに我わが名なを持もちゆく我わが選󠄄えらびの器うつはなり。 16 我われかれに我わが名なのために如何いかに多おほくの苦難くるしみを受うくるかを示しめさん』 17 爰こゝにアナニヤ往󠄃ゆきて其その家いへにいり、彼かれの上うへに手てをおきて言いふ『兄弟きゃうだいサウロよ、主しゅ、即すなはち汝なんぢが來きたる途󠄃みちにて現あらはれ給たまひしイエス、われを遣󠄃つかはし給たまへり。なんぢが再ふたゝび見みることを得え、かつ聖󠄃せい靈れいにて滿みたされん爲ためなり』 18 直たゞちに彼かれの目めより鱗うろこのごときもの落おちて見みることを得え、すなはち起󠄃おきてバプテスマを受うけ、 19 かつ食󠄃事しょくじして力ちからづきたり。   サウロは數󠄄日すにちの間あひだダマスコの弟子でしたちと偕ともにをり、

20 直たゞちに諸しょ會堂くわいだうにて、イエスの神かみの子こなることを宣のべたり。 21 聞きく者ものみな驚をどろきて言いふ『こはエルサレムにて此この名なをよぶ者ものを害󠄅そこなひし人ひとならずや、又󠄂またここに來きたりしも之これを縛󠄃しばりて祭司長さいしちゃうらの許もとに曳ひきゆかんが爲ためならずや』 22 サウロますます能力ちからくははり、イエスのキリストなることを論證ろんしょうして、ダマスコに住󠄃すむユダヤ人びとを言いひ伏ふせたり。

23 日ひを經ふること久ひさしくして後のち、ユダヤ人びとかれを殺ころさんと相あひ謀はかりたれど、 24 その計畧はかりごとサウロに知しらる。斯かくて彼かれらはサウロを殺ころさんとて晝ひるも夜よるも町まちの門もんを守まもりしに、 25 その弟子でしら夜中やちゅうかれを籃かごにて石垣いしがきより縋つり下おろせり。
 254㌻ 

26 爰こゝにサウロ、エルサレムに到いたりて弟子でしたちの中うちに列つらならんとすれど、皆みなかれが弟子でしたるを信しんぜずして懼おそれたり。 27 然しかるにバルナバ彼かれを迎󠄃むかへて使󠄃徒しとたちの許もとに伴󠄃ともなひゆき、その途󠄃みちにて主しゅを見みしこと、主しゅの之これに物もの言いひ給たまひしこと、又󠄂またダマスコにてイエスの名なのために臆おくせず語かたりし事ことなどを具󠄄つぶさに吿つぐ。 28 爰こゝにサウロはエルサレムにて弟子でしたちと共ともに出入いでいりし、 29 主しゅの御名みなのために臆おくせず語かたり、又󠄂またギリシヤ語ことばのユダヤ人びとと、かつ語かたり、かつ論ろんじたれば、彼かれ等らこれを殺ころさんと謀はかりしに、 30 兄弟きゃうだいたち知しりて彼かれをカイザリヤに伴󠄃ともなひ下くだり、タルソに往󠄃ゆかしめたり。

31 斯かくてユダヤ、ガリラヤ及およびサマリヤを通󠄃つうじて、敎會けうくわいは平󠄃安へいあんを得え、ややに堅立けんりつし、主しゅを畏おそれて步あゆみ、聖󠄃せい靈れいの祐助たすけによりて人數󠄄にんず彌いや增ませり。

32 ペテロは徧あまねく四方しはうをめぐりてルダに住󠄃すむ聖󠄃徒せいとの許もとにいたり、 33 彼處かしこにてアイネヤといふ人ひとの中風ちゅうぶを患わづらひて八はち年ねんのあひだ牀とこに臥ふし居をるに遇󠄃あふ。 34 斯かくてペテロ之これに『アイネヤよ、イエス・キリスト汝なんぢを醫いやしたまふ、起󠄃おきて牀とこを收をさめよ』と言いひたれば、直たゞちに起󠄃おきたり。〘185㌻〙 35 爰こゝにルダ及およびサロンに住󠄃すむ者ものみな之これを見みて主しゅに歸依きえせり。

36 ヨツパにタビタと云いふ女をんなの弟子でしあり、その名なを譯やくすれば[*]ドルカスなり。此この女をんなは、ひたすら善よき業わざと施濟ほどこしとをなせり。[*「かもしか」の意。] 37 彼かれそのころ病やみて死しにたれば、之これを洗あらひて高樓たかどのに置おく。 38 ルダはヨツパに近󠄃ちかければ、弟子でしたちペテロの彼處かしこに居をるを聞ききて二人ふたりの者ものを遣󠄃つかはし『ためらはで我われらに來きたれ』と請󠄃こはしむ。 39 ペテロ起󠄃たちてともに往󠄃ゆき、遂󠄅つひに到いたれば、彼かれを高樓たかどのに伴󠄃つれてのぼりしに、寡婦󠄃やもめらみな之これをかこみて泣なきつつ、ドルカスが偕ともに居をりしほどに製つくりし下衣したぎ・上衣うはぎを見みせたり。 40 ペテロ彼かれ等らをみな外そとに出いだし、跪ひざまづきて祈いのりし後のち、ふりかへり屍體しかばねに向むかひて『タビタ、起󠄃おきよ』と言いひたれば、かれ目めを開ひらき、ペテロを見みて起󠄃反おきかへれり。
 255㌻ 
41 ペテロ手てをあたへ、起󠄃おこして聖󠄃徒せいとと寡婦󠄃やもめとを呼よび、タビタを活いきたるままにて見みす。 42 この事ことヨツパ中ぢゅうに知しられたれば、多おほくの人ひと、主しゅを信しんじたり。 43 ペテロ皮工かはなめしシモンの家いへにありて日ひ久ひさしくヨツパに留とゞまれり。

第10章

1 ここにカイザリヤにコルネリオといふ人ひとあり、イタリヤ隊󠄄たいと稱󠄄となふる軍隊󠄄ぐんたいの百卒長ひゃくそつちゃうなるが、 2 敬虔けいけんにして全󠄃家族ぜんかぞくとともに神かみを畏おそれ、かつ民たみに多おほくの施濟ほどこしをなし、常つねに神かみに祈いのれり。 3 或ある日ひの午後ごご三時さんじごろ幻影まぼろしのうちに神かみの使󠄃つかひきたりて『コルネリオよ』と言いふを明あきらかに見みたれば、 4 之これに目めをそそぎ怖おそれて言いふ『主しゅよ、何事なにごとぞ』御使󠄃みつかひいふ『なんぢの祈いのりと施濟ほどこしとは、神かみの前󠄃まへに上のぼりて記念きねんとせらる。 5 今いまヨツパに人ひとを遣󠄃つかはしてペテロと稱󠄄となふるシモンを招まねけ、 6 彼かれは皮工かはなめしシモンの家いへに宿やどる。その家いへは海邊󠄎うみべにあり』 7 斯かく語かたれる御使󠄃みつかひの去さりし後のち、コルネリオ己おのが僕しもべ二人ふたりと從卒中じゅうそつちゅうの敬虔けいけんなる者もの一人ひとりとを呼よび、 8 凡すべての事ことを吿つげてヨツパに遣󠄃つかはせり。

9 明あくる日ひかれらなほ途󠄃中とちゅうにあり、旣󠄁すでに町まちに近󠄃ちかづかんとする頃ころほひ、ペテロ祈いのらんとて屋やの上うへに登のぼる、時ときは晝ひるの十二じふに時じごろなりき。 10 飢󠄄うゑて物欲ものほしくなり、人ひとの食󠄃しょくを調󠄃ととのふるほどに我われを忘󠄃わすれし心地ここちして、 11 天てん開ひらけ、器うつはのくだるを見みる、大おほいなる布ぬののごとき物ものにして、四隅よすみもて地ちに縋つり下おろされたり。 12 その中なかには諸種もろもろの四よつ足あしのもの、地ちを匐はふもの、空󠄃そらの鳥とりあり。 13 また聲こゑありて言いふ『ペテロ、立たて、屠󠄃ほふりて食󠄃しょくせよ』 14 ペテロ言いふ『主しゅよ、可よからじ、我われいまだ潔󠄄きよからぬもの穢けがれたる物ものを食󠄃しょくせし事ことなし』〘186㌻〙 15 聲こゑ再ふたゝびありて言いふ『神かみの潔󠄄きよめ給たまひし物ものを、なんぢ潔󠄄きよからずとすな』
 256㌻ 
16 かくの如ごときこと三度みたびにして、器うつはは直ただちに天てんに上あげられたり。

17 ペテロその見みし幻影まぼろしの何なにの意いなるか、心こゝろに惑まどふほどに、視みよ、コルネリオより遣󠄃つかはされたる人ひと、シモンの家いへを尋󠄃たづねて門もんの前󠄃まへに立たち、 18 訪おとなひて、ペテロと稱󠄄となふるシモンの此處ここに宿やどるかを問とふ。 19 ペテロなほ幻影まぼろしに就つきて打案うちあんじゐたるに、御靈みたまいひ給たまふ『視みよ、三人さんにんなんぢを尋󠄃たづぬ。 20 起󠄃たちて下くだり疑うたがはずして共ともに往󠄃ゆけ、彼かれらを遣󠄃つかはしたるは我われなり』 21 ペテロ下くだりて、かの人ひとたちに言いふ『視みよ、我われは汝なんぢらの尋󠄃たづぬる者ものなり、何なにの故ゆゑありて來きたるか』 22 かれら言いふ『義人ぎじんにして神かみを畏おそれ、ユダヤの國人くにびとの中うちに令聞よききこえある百卒長ひゃくそつちゃうコルネリオ、聖󠄃せいなる御使󠄃みつかひより、汝なんぢを家いへに招まねきて、その語かたることを聽きけとの吿つげを受うけたり』 23 ここにペテロ彼かれらを迎󠄃むかへ入いれて宿やどらす。   明あくる日ひたちて彼かれらと共ともに出いでゆきしが、ヨツパの兄弟きゃうだいも數󠄄人すにんともに往󠄃ゆけり。

24 明あくる日ひカイザリヤに入いりし時とき、コルネリオは親族しんぞくおよび親したしき朋友ほういうを呼よび集あつめて彼かれらを待まちゐたり。 25 ペテロ入いり來きたれば、コルネリオ之これを迎󠄃むかへ、その足下あしもとに伏ふして拜はいす。 26 ペテロ彼かれを起󠄃おこして言いふ『立たて、我われも人ひとなり』 27 かくて相あひ語かたりつつ內うちに入いり、多おほくの人ひとの集あつまれるを見みて、ペテロ之これに言いふ、 28 『なんぢらの知しる如ごとく、ユダヤ人びとたる者ものの外ほかの國人くにびとと交󠄄まじはりまた近󠄃ちかづくことは、律法おきてに適󠄄かなはぬ所󠄃ところなり、然されど神かみは、何なに人ひとをも穢けがれたるもの潔󠄄きよからぬ者ものと言いふまじきことを我われに示しめしたまへり。 29 この故ゆゑに、われ招まねかるるや躊躇ためらはずして來きたれり。然されば問とふ、汝なんぢらは何なにの故ゆゑに我われをまねきしか』 30 コルネリオ言いふ『われ四日よっか前󠄃まへに我わが家いへにて午後ごご三時さんじの祈いのりをなし、此この時刻󠄂じこくに至いたりしに、視みよ、輝かゞやく衣ころもを著きたる人ひと、わが前󠄃まへに立たちて、 31 「コルネリオよ、汝なんぢの祈いのりは聽きかれ、なんぢの施濟ほどこしは神かみの前󠄃まへに憶おぼえられたり。 32 人ひとをヨツパに送󠄃おくりてペテロと稱󠄄となふるシモンを招まねけ、かれは海邊󠄎うみべなる皮工かはなめしシモンの家いへに宿やどるなり」と云いへり。
 257㌻ 
33 われ速󠄃すみやかに人ひとを汝なんぢに遣󠄃つかはしたるに、汝なんぢの來きたれるは忝かたじけなし。いま我等われらはみな、主しゅの汝なんぢに命めいじ給たまひし凡すべてのことを聽きかんとて、神かみの前󠄃まへに在あり』 34 ペテロ口くちを開ひらきて言いふ、   『われ今いままことに知しる、神かみは偏󠄃かたよることをせず、

35 何いづれの國くにの人ひとにても神かみを敬うやまひて義ぎをおこなふ者ものを容いれ給たまふことを。 36 神かみはイエス・キリスト(これ萬民ばんみんの主しゅ)によりて平󠄃和へいわの福音󠄃ふくいんをのべ、イスラエルの子孫しそんに言ことばをおくり給たまへり。〘187㌻〙 37 即すなはちヨハネの傳つたへしバプテスマの後のち、ガリラヤより始はじまり、ユダヤ全󠄃國ぜんこくに弘ひろまりし言ことばなるは汝なんぢらの知しる所󠄃ところなり。 38 これは神かみが聖󠄃せい靈れいと能力ちからとを注そゝぎ給たまひしナザレのイエスの事ことにして、彼かれは徧あまねくめぐりて善よき事ことをおこなひ、凡すべて惡魔󠄃あくまに制せいせらるる者ものを醫いやせり、神かみこれと偕ともに在いましたればなり。 39 我等われらはユダヤの地ちおよびエルサレムにて、イエスの行おこなひ給たまひし諸般もろもろのことの證人しょうにんなり、人々ひとびとは彼かれを木きにかけて殺ころせり。 40 神かみは之これを三日みっかめに甦よみがへらせ、かつ明あきらかに現あらはしたまへり。 41 然されど凡すべての民たみにはあらで、神かみの預あらかじめ選󠄄えらび給たまへる證人しょうにん、即すなはちイエスの死人しにんの中うちより甦よみがへり給たまひし後のち、これと共ともに飮食󠄃のみくひせし我われらに現あらはし給たまひしなり。 42 イエスは己おのれの生いける者ものと死しにたる者ものとの審判󠄄さばき主ぬしに、神かみより定さだめられしを證あかしすることと、民たみどもに宣傳のべつたふる事こととを我われらに命めいじ給たまふ。 43 彼かれにつきては預言者よげんしゃたちも皆みな、おほよそ彼かれを信しんずる者ものの、その名なによりて罪つみの赦ゆるしを得うべきことを證あかしす』

44 ペテロ尙なほこれらの言ことばを語かたりをる間うちに、聖󠄃せい靈れい、御言みことばをきく凡すべての者ものに降󠄄くだりたまふ。 45 ペテロと共ともに來きたりし割󠄅禮かつれいある信者しんじゃは、異邦󠄆人いはうじんにも聖󠄃せい靈れいの賜物たまもののそそがれしに驚をどろけり。 46 そは彼かれらが異言いげんをかたり、神かみを崇あがむるを聞ききたるに因よる。
 258㌻ 
47 ここにペテロ答こたへて言いふ『この人々ひとびとわれらの如ごとく聖󠄃せい靈れいをうけたれば、誰たれか水みづを禁きんじて其そのバプテスマを受うくることを拒󠄃こばみ得えんや』 48 遂󠄅つひにイエス・キリストの御名みなによりてバプテスマを授さづけられんことを命めいじたり。ここに彼かれらペテロに數󠄄日すにちとどまらんことを請󠄃こへり。

第11章

1 使󠄃徒しとたち及およびユダヤに居をる兄弟きゃうだいたちは、異邦󠄆人いはうじんも神かみの言ことばを受うけたりと聞きく。 2 かくてペテロのエルサレムに上のぼりしとき、割󠄅禮かつれいある者ものども彼かれを詰なじりて言いふ、 3 『なんぢ割󠄅禮かつれいなき者ものの內うちに入いりて之これと共ともに食󠄃しょくせり』 4 ペテロ有󠄃ありし事ことを序ついで正たゞしく説とき出いだして言いふ、 5 『われヨツパの町まちにて祈いのり居をるとき、我われを忘󠄃わすれし心地ここちし、幻影まぼろしにて器うつはのくだるを見みる、大おほいなる布ぬののごとき物ものにして、四隅よすみもて天てんより縋つり下おろされ我わが許もとにきたる。 6 われ目めを注とめて之これを視みるに、地ちの四よつ足あしのもの、野のの獸けもの、匐はふもの、空󠄃そらの鳥とりを見みたり。 7 また「ペテロ、立たて、屠󠄃ほふりて食󠄃しょくせよ」といふ聲こゑを聞きけり。 8 我われいふ「主しゅよ、可よからじ、潔󠄄きよからぬもの穢けがれたる物ものは、曾かつて我わが口くちに入いりしことなし」 9 再ふたゝび天てんより聲こゑありて答こたふ「神かみの潔󠄄きよめ給たまひし物ものを、なんぢ潔󠄄きよからずと爲すな」〘188㌻〙 10 かくの如ごときこと三度みたびにして、終󠄃つひにはみな天てんに引上ひきあげられたり。 11 視みよ、三人さんにんの者ものカイザリヤより我われに遣󠄃つかはされて、はや我われらの居をる家いへの前󠄃まへに立たてり。 12 御靈みたまわれに、疑うたがはずして彼かれらと共ともに往󠄃ゆくことを吿つげ給たまひたれば、此この六ろく人にんの兄弟きゃうだいも我われとともに往󠄃ゆきて、かの人ひとの家いへに入いれり。 13 彼かれはおのが家いへに御使󠄃みつかひの立たちて「人ひとをヨツパに遣󠄃つかはし、ペテロと稱󠄄となふるシモンを招まねけ、 14 その人ひと、なんぢと汝なんぢの全󠄃家族ぜんかぞくとの救すくはるべき言ことばを語かたらん」と言いふを、見みしことを我われらに吿つげたり。 15 ここに、われ語かたり出いづるや、聖󠄃せい靈れいかれらの上うへに降󠄄くだりたまふ、初はじめ我われらの上うへに降󠄄くだりし如ごとし。 16 われ主しゅの曾かつて「ヨハネは水みづにてバプテスマを施ほどこししが、汝なんぢらは聖󠄃せい靈れいにてバプテスマを施ほどこされん」と宣給のたまひし御言みことばを思おもひ出いだせり。
 259㌻ 
17 神かみわれらが主しゅイエス・キリストを信しんぜしときに賜たまひしと同おなじ賜物たまものを彼かれらにも賜たまひたるに、われ何なに者ものなれば神かみを阻はばみ得えん』 18 人々ひとびとこれを聞ききて默然もくねんたりしが、頓やがて神かみを崇あがめて言いふ『されば神かみは異邦󠄆人いはうじんにも生命いのちを得えさする悔改くいあらためを與あたへ給たまひしなり』

19 かくてステパノによりて起󠄃おこりし迫󠄃害󠄅はくがいのために散ちらされたる者ものども、ピニケ、クブロ、アンテオケまで到いたり、ただユダヤ人びとにのみ御言みことばを語かたりたるに、 20 その中うちにクブロ及およびクレネの人ひと、數󠄄人すにんありて、アンテオケに來きたりし時とき、ギリシヤ人びとにも語かたりて主しゅイエスの福音󠄃ふくいんを宣傳のべつたふ。 21 主しゅの手てかれらと偕ともにありたれば、數󠄄多あまたの人ひと、信しんじて主しゅに歸依きえせり。 22 この事ことエルサレムに在ある敎會けうくわいに聞きこえたれば、バルナバをアンテオケに遣󠄃つかはす。 23 かれ來きたりて、神かみの恩惠めぐみを見みてよろこび、彼かれ等らに、みな心こゝろを堅かたくして主しゅにをらんことを勸󠄂すゝむ。 24 彼かれは聖󠄃せい靈れいと信仰しんかうとにて滿みちたる善よき人ひとなればなり。ここに多おほくの人々ひとびと、主しゅに加くははりたり。 25 かくてバルナバはサウロを尋󠄃たづねんとてタルソに往󠄃ゆき、 26 彼かれに逢あひてアンテオケに伴󠄃ともなひきたり、二人ふたりともに一年いちねんの間あひだかしこの敎會けうくわいの集會あつまりに出いでて多おほくの人ひとを敎をしふ。弟子でしたちのキリステアンと稱󠄄となへらるる事ことはアンテオケより始はじまれり。

27 その頃ころエルサレムより預言者よげんしゃたちアンテオケに下くだる。 28 その中うちの一人ひとりアガボと云いふもの起󠄃たちて、大おほいなる飢󠄄饉ききんの全󠄃世界ぜんせかいにあるべきことを御靈みたまによりて示しめせるが、果はたしてクラウデオの時ときに起󠄃おこれり。 29 ここに弟子でしたち各々おのおのの力ちからに應おうじてユダヤに住󠄃すむ兄弟きゃうだいたちに扶助たすけをおくらん事ことをさだめ、 30 遂󠄅つひに之これをおこなひ、バルナバ及およびサウロの手てに托たくして長老ちゃうらうたちに贈おくれり。〘189㌻〙
 260㌻ 

第12章

1 その頃ころヘロデ王わう、敎會けうくわいのうちの或ある人ひとどもを苦くるしめんとて手てを下くだし、 2 劍つるぎをもてヨハネの兄弟きゃうだいヤコブを殺ころせり。 3 この事ことユダヤ人びとの心こゝろに適󠄄かなひたるを見みてまたペテロをも捕とらふ、頃ころは除酵祭じょかうさいの時ときなりき。 4 すでに執とりて獄ひとやに入いれ、過󠄃越すぎこしの後のちに民たみのまへに曳ひき出いださんとの心構󠄃こゝろがまへにて、四人よにん一組ひとくみなる四組よくみの兵卒へいそつに付わたして之これを守まもらせたり。 5 斯かくてペテロは獄ひとやのなかに因とらはれ、敎會けうくわいは熱心ねっしんに彼かれのために神かみに祈いのりをなせり。 6 ヘロデこれを曳ひき出いださんとする其その前󠄃まへの夜よ、ペテロは二ふたつの鏈くさりにて繋つながれ、二人ふたりの兵卒へいそつのあひだに睡ねむり、番兵ばんぺいらは門口かどぐちにゐて獄ひとやを守まもりたるに、 7 視みよ、主しゅの使󠄃つかひペテロの傍かたはらに立たちて、光明ひかり室內しつないにかがやく。御使󠄃みつかひかれの脇わきをたたき、覺さましていふ『疾とく起󠄃おきよ』かくて鏈くさりその手てより落おちたり。 8 御使󠄃みつかひいふ『帶おびをしめ、鞋くつをはけ』彼かれその如ごとく爲したれば、又󠄂またいふ『上衣うはぎをまとひて我われに從したがへ』 9 ペテロ出いでて隨したがひしが、御使󠄃みつかひのする事ことの眞󠄃まことなるを知しらず、幻影まぼろしを見みるならんと思おもふ。 10 かくて第一だいいち・第二だいにの警固かためを過󠄃すぎて町まちに入いるところの鐵てつの門もんに到いたれば、門もんおのづから彼かれ等らのために開ひらけ、相あひ共ともにいでて一ひとつの街ちまたを過󠄃すぎしとき直ただちに御使󠄃みつかひはなれたり。 11 ペテロ我われに反かへりて言いふ『われ今いままことに知しる、主しゅその使󠄃つかひを遣󠄃つかはしてヘロデの手て、およびユダヤの民たみの凡すべて思おもひ設まうけし事ことより、我われを救すくひ出いだし給たまひしを』 12 斯かく悟さとりてマルコと稱󠄄となふるヨハネの母ははマリヤの家いへに往󠄃ゆきしが、其處そこには數󠄄多あまたのもの集あつまりて祈いのりゐたり。 13 ペテロ門もんの戶とを叩たゝきたれば、ロダといふ婢女はしためききに出いできたり、 14 ペテロの聲こゑなるを知しりて勸󠄂喜よろこびのあまりに門かどを開あけずして走はしり入いり、ペテロの門かどの前󠄃まへに立たてることを吿つげたれば、 15 彼かれら『なんぢは氣き狂くるへり』と言いふ。然されどロダは夫それなりと言張いひはる。かれら言いふ『それはペテロの御使󠄃みつかひならん』
 261㌻ 
16 然しかるにペテロなほ叩たゝきて止やまざれば、かれら門もんをひらき之これを見みて驚おどろけり。 17 かれ手てを搖うごかして人々ひとびとを鎭しづめ、主しゅの己おのれを獄ひとやより導󠄃みちびきいだし給たまひしことを具󠄄つぶさに語かたり『これをヤコブと兄弟きゃうだいたちとに吿つげよ』と言いひて他ほかの處ところに出いで往󠄃ゆけり。 18 夜明よあけになりてペテロは如何いかにせしとて兵卒へいそつの中うちの騷さわぎ一方ひとかたならず。 19 ヘロデ之これを索もとむれど見出みいださず、遂󠄅つひに守卒しゅそつを訊ただして死罪しざいを命めいじ、而しかしてユダヤよりカイザリヤに下くだりて留とゞまれり。

20 偖さてヘロデ、ツロとシドンとの人々ひとびとを甚いたく怒いかりたれば、其その民たみども心こゝろを一ひとつにして彼かれの許もとにいたり、王わうの內侍ないじの臣しんブラストに取とり入いりて和諧やはらぎを求もとむ。かれらの地方ちはうは王わうの國くにより食󠄃品しょくひんを得うるに因よりてなり。〘190㌻〙 21 ヘロデ定さだめたる日ひに及およびて王わうの服󠄃ふくを著つけ高座かうざに坐ざして言ことを宣のべたれば、 22 集民しふみんよばはりて『これ神かみの聲こゑなり、人ひとの聲こゑにあらず』と言いふ。 23 ヘロデ神かみに榮光えいくわうを歸きせぬに因よりて、主しゅの使󠄃つかひたちどころに彼かれを擊うちたれば、蟲むしに噛かまれて息いき絕たえたり。

24 斯かくて主しゅの御言みことばいよいよ增々ますますひろまる。

25 バルナバ、サウロはその職務つとめを果はたし、マルコと稱󠄄となふるヨハネを伴󠄃ともなひてエルサレムより歸かへれり。

第13章

1 アンテオケの敎會けうくわいにバルナバ、ニゲルと稱󠄄となふるシメオン、クレネ人びとルキオ、國守こくしゅヘロデの乳󠄃ち兄弟きゃうだいマナエン及およびサウロなどいふ預言者よげんしゃと敎師けうしとあり。 2 彼かれらが主しゅに事つかへ斷食󠄃だんじきしたるとき聖󠄃せい靈れいいひ給たまふ『わが召めして行おこなはせんとする業わざの爲ためにバルナバとサウロとを選󠄄えらび別わかて』 3 爰こゝに彼かれら斷食󠄃だんじきし、祈いのりて、二人ふたりの上うへに手てを按おきて往󠄃ゆかしむ。
 262㌻ 

4 この二人ふたり、聖󠄃せい靈れいに遣󠄃つかはされてセルキヤに下くだり、彼處かしこより船󠄄ふねにてクプロに渡わたり、 5 サラミスに著つきてユダヤ人びとの諸しょ會堂くわいだうにて神かみの言ことばを宣傳のべつたへ、またヨハネを助人たすけてとして伴󠄃ともなふ。 6 徧あまねくこの島しまを經へ行ゆきてパポスに到いたり、バルイエスといふユダヤ人びとにて僞にせ預言者よげんしゃたる魔󠄃術󠄃まじゅつ者しゃに遇󠄃あふ。 7 彼かれは地方ちはう總󠄂督そうとくなる慧󠄄さとき人ひとセルギオ・パウロと偕ともにありき。總󠄂督そうとくはバルナバとサウロとを招まねき神かみの言ことばを聽きかんとしたるに、 8 かの魔󠄃術󠄃まじゅつ者しゃエルマ(この名なを釋とけば魔󠄃術󠄃まじゅつ者しゃ)二人ふたりに敵てき對たいして總󠄂督そうとくを信仰しんかうの道󠄃みちより離はなれしめんとせり。 9 サウロ又󠄂またの名なはパウロ、聖󠄃せい靈れいに滿みたされ、彼かれに目めを注とめて言いふ、 10 『ああ有󠄃あらゆる詭計たばかりと奸惡かんあくとにて滿みちたる者もの、惡魔󠄃あくまの子こ、すべての義ぎの敵てきよ、なんぢ主しゅの直なほき道󠄃みちを曲まげて止やまぬか。 11 視みよ、いま主しゅの御手みてなんぢの上うへにあり、なんぢ盲目めしひとなりて暫しばらく日ひを見みざるべし』かくて立刻󠄂たちどころに矇かすみと闇やみと、その目めを掩おほひたれば、探さぐり回まはりて導󠄃みちびきくるる者ものを求もとむ。 12 爰こゝに總󠄂督そうとくこの有󠄃ありし事ことを見みて、主しゅの敎をしへに驚をどろきて信しんじたり。

13 さてパウロ及および之これに伴󠄃ともなふ人々ひとびと、パポスより船󠄄出ふなでしてパンフリヤのペルガに到いたり、ヨハネは離はなれてエルサレムに歸かへれり。 14 彼かれらはペルガより進󠄃すゝみ往󠄃ゆきてピシデヤのアンテオケに到いたり、安息あんそく日にちに會堂くわいだうに入いりて坐ざせり。 15 律法おきておよび預言者よげんしゃの書ふみの朗讀らうどくありしのち、會堂くわいだう司つかさたち人ひとを彼かれらに遣󠄃つかはし『兄弟きゃうだいたちよ、もし民たみに勸󠄂すゝめの言ことばあらば言いへ』と言いはしめたれば、 16 パウロ起󠄃たちて手てを搖うごかして言いふ、   『イスラエルの人々ひとびとおよび神かみを畏おそるる者ものよ、聽きけ。〘191㌻〙
 263㌻ 

17 このイスラエルの民たみの神かみは、我われらの先祖せんぞを選󠄄えらび、そのエジプトの地ちに寄寓やどりせし時とき、わが民たみをおこし、强つよき御腕みうでにて之これを導󠄃みちびきいだし、 18 凡おほよそ四十しじふ年ねんのあひだ、荒野あらのにて、彼かれらの[*]所󠄃作しわざを忍󠄄しのび、[*異本「を養󠄄ひ育て」とあり。] 19 カナンの地ちにて七なゝつの民族みんぞくをほろぼし、その地ちを彼かれらに嗣つがしめて、 20 凡おほよそ四し百ひゃく五ご十じふ年ねんを經へたり。此こののち、預言者よげんしゃサムエルの時代じだいまで審判󠄄さばき人ひとを賜たまひしを、 21 後のちに至いたりて彼かれら王わうを求もとめたれば、神かみは之これにキスの子こサウロと云いふベニヤミンの族やからの人ひとを四十しじふ年ねんのあひだ賜たまひ、 22 之これを退󠄃しりぞけて後のち、ダビデを擧あげて王わうとなし、且かつこれを證あかしして「我われエッサイの子こダビデといふ我わが心こゝろに適󠄄かなふ者ものを見出みいだせり、彼かれわが意こゝろをことごとく行おこなはん」と宣給のたまへり。 23 神かみは約束やくそくに隨したがひて此この人ひとの裔すゑよりイスラエルの爲ために救主すくひぬしイエスを興おこし給たまひしが、 24 その來きたる前󠄃まへにヨハネ預あらかじめイスラエルの凡すべての民たみに悔改くいあらためのバプテスマを宣傳のべつたへたり。 25 斯かくてヨハネ己おのが走はしるべき道󠄃程󠄃みちのりを終󠄃をへんとする時とき「なんぢら我われを誰たれと思おもふか、我われはかの人ひとにあらず、視みよ我われに後おくれて來きたる者ものあり、我われはその鞋くつの紐ひもを解とくにも足たらず」と云いへり。 26 兄弟きゃうだいたち、アブラハムの血統ちすぢの子こら及および汝なんぢ等らのうち神かみを畏おそるる者ものよ、この救すくひの言ことばは我われらに贈おくられたり。 27 それエルサレムに住󠄃すめる者ものおよび其その司つかさらは、彼かれをも安息あんそく日にちごとに讀よむところの預言者よげんしゃたちの言ことばをも知しらず、彼かれを刑つみなひて預言よげんを成󠄃就じゃうじゅせしめたり。 28 その死しに當あたるべき故ゆゑを得えざりしかどピラトに殺ころさんことを求もとめ、 29 彼かれにつきて記しるされたる事ことをことごとく成󠄃なしをへ彼かれを木きより下おろして墓はかに納󠄃をさめたり。 30 されど神かみは彼かれを死人しにんの中うちより甦よみがへらせ給たまへり。 31 斯かくてイエスは己おのれと偕ともにガリラヤよりエルサレムに上のぼりし者ものに多おほくの日ひのあひだ現あらはれ給たまへり。その人々ひとびとは今いま、民たみの前󠄃まへにイエスの證人しょうにんたるなり。
 264㌻ 
32 我われらも先祖せんぞたちが與あたへられし約束やくそくにつきて喜よろこばしき音󠄃信おとづれを汝なんぢらに吿つぐ、 33 神かみはイエスを甦よみがへらせて、その約束やくそくを我われらの子孫しそんに成󠄃就じゃうじゅしたまへり。即すなはち詩しの第二だいに篇󠄂へんに「なんぢは我わが子こなり、われ今日けふなんぢを生うめり」と錄しるされたるが如ごとし。 34 また朽腐くされに歸きせざる狀さまに彼かれを死人しにんの中うちより甦よみがへらせ給たまひし事ことに就つきては、斯かく宣給のたまへり。曰いはく「われダビデに約やくせし確かたき聖󠄃せいなる恩惠めぐみを汝なんぢらに與あたへん」 35 そは他ほかの篇󠄂へんに「なんぢは汝なんぢの聖󠄃者しゃうじゃを朽腐くされに歸きせざらしむべし」と云いへり。 36 それダビデは、その代よにて神かみの御旨みむねを行おこなひ、終󠄃つひに眠ねむりて先祖せんぞたちと共ともに置おかれ、かつ朽腐くされに歸きしたり。 37 然されど神かみの甦よみがへらせ給たまひし者ものは朽腐くされに歸きせざりき。〘192㌻〙 38 この故ゆゑに兄弟きゃうだいたちよ、汝なんぢら知しれ。この人ひとによりて罪つみの赦ゆるしのなんぢらに傳つたへらるることを。 39 汝なんぢらモーセの律法おきてによりて義ぎとせられ得えざりし凡すべての事ことも、信しんずる者ものは皆みなこの人ひとによりて義ぎとせらるる事ことを。 40 然されば汝なんぢら心こゝろせよ、恐おそらくは預言者よげんしゃたちの書ふみに云いひたること來きたらん、 41 曰いはく 「あなどる者ものよ、なんぢら視みよ、 驚おどろけ、亡ほろびよ、 われ汝なんぢらの日ひに一ひとつの事ことを行おこなはん。 これを汝なんぢらに具󠄄つぶさに吿つぐる者ものありとも 信しんぜざる程󠄃ほどの事ことなり」』

42 彼かれらが會堂くわいだうを出いづるとき、人々ひとびとこれらの言ことばを次󠄄つぎの安息あんそく日にちにも語かたらんことを請󠄃こふ。 43 集會あつまりの散さんぜし後のちユダヤ人びとおよび敬虔けいけんなる改宗者かいしゅうしゃおほくパウロとバルナバとに從したがひ往󠄃ゆきたれば、彼かれらに語かたりて神かみの恩惠めぐみに止とゞまらんことを勸󠄂すゝめたり。

44 次󠄄つぎの安息あんそく日にちには神かみの言ことばを聽きかんとて殆ほとんど町まち擧こぞりて集あつまりたり。 45 然されどユダヤ人びとはその群衆ぐんじゅうを見みて嫉ねたみに滿みたされ、パウロの語かたることに言いひ逆󠄃さからひて罵のゝしれり。 46 パウロとバルナバとは臆おくせずして言いふ『神かみの言ことばを先まづ汝なんぢらに語かたるべかりしを、汝なんぢ等らこれを斥しりぞけて己おのれを永遠󠄄とこしへの生命いのちに相應ふさはしからぬ者ものと自みづから定さだむるによりて、視みよ、我われら轉てんじて異邦󠄆人いはうじんに向むかはん。
 265㌻ 
47 それ主しゅは斯かく我われらに命めいじ給たまへり。曰いはく 「われ汝なんぢを立たてて異邦󠄆人いはうじんの光ひかりとせり。 地ちの極はてにまで救すくひとならしめん爲ためなり」』 48 異邦󠄆人いはうじんは之これを聽ききて喜よろこび、主しゅの言ことばをあがめ、又󠄂またとこしへの生命いのちに定さだめられたる者ものはみな信しんじ、 49 主しゅの言ことばこの地ちに徧あまねく弘ひろまりたり。 50 然しかるにユダヤ人びとら、敬虔けいけんなる貴女きぢょたち及および町まちの重立おもだちたる人々ひとびとを唆そゝのかして、パウロとバルナバとに迫󠄃害󠄅はくがいをくはへ、遂󠄅つひに彼かれらを其その境さかひより逐󠄃おひ出いだせり。 51 二人ふたりは彼かれらに對むかひて足あしの塵ちりをはらひ、イコニオムに往󠄃ゆく。 52 弟子でしたちは喜悅よろこびと聖󠄃せい靈れいとにて滿みたされ居ゐたり。

第14章

1 二人ふたりはイコニオムにて相あひ共ともにユダヤ人びとの會堂くわいだうに入いりて語かたりたれば、之これに由よりてユダヤ人びとおよびギリシヤ人びとあまた信しんじたり。 2 然しかるに從したがはぬユダヤ人びとら異邦󠄆人いはうじんを唆そゝのかし、兄弟きゃうだいたちに對たいして惡意あくいを懷いだかしむ。 3 二人ふたりは久ひさしく留とゞまり、主しゅによりて臆おくせずして語かたり、主しゅは彼かれらの手てにより、徴しるしと不思議ふしぎとを行おこなひて惠めぐみの御言みことばを證あかししたまふ。 4 爰こゝに町まちの人々ひとびと、相あひ分󠄃わかれて或ある者ものはユダヤ人びとに黨くみし、或ある者ものは使󠄃徒しとたちに黨くみせり。〘193㌻〙 5 異邦󠄆人いはうじん、ユダヤ人びとおよび其その司つかさら相あひ共ともに使󠄃徒しとたちを辱はづかしめ、石いしにて擊うたんと企くはだてしに、 6 彼かれら悟さとりてルカオニヤの町まちなるルステラ、デルベ及およびその邊󠄎あたりの地ちにのがれ、 7 彼處かしこにて福音󠄃ふくいんを宣傳のべつたふ。

8 ルステラに足あし弱󠄃よわき人ひとありて坐ざしゐたり、生うまれながらの跛者あしなへにて曾かつて步あゆみたる事ことなし。 9 この人ひとパウロの語かたるを聽ききゐたるが、パウロ之これに目めをとめ、救すくはるべき信仰しんかうあるを見みて、 10 大聲おほごゑに『なんぢの足あしにて眞󠄃直ますぐに起󠄃たて』と言いひたれば、かれ躍󠄃をどり上あがりて步あゆめり。
 266㌻ 
11 群衆ぐんじゅう、パウロの爲なししことを見みて聲こゑを揚あげ、ルカオニヤの國語くにことばにて『神かみたち人ひとの形かたちをかりて我われらに降󠄄くだり給たまへり』と言いひ、 12 バルナバをゼウスと稱󠄄となへ、パウロを宗むねと語かたる人ひとなる故ゆゑにヘルメスと稱󠄄となふ。 13 而しかして町まちの外そとなるゼウスの宮みやの祭司さいし、數󠄄匹󠄃すひきの牛うしと花はな飾󠄃かざりとを門もんの前󠄃まへに携たづさへきたりて群衆ぐんじゅうとともに犧牲いけにへを獻さゝげんとせり。 14 使󠄃徒しとたち、即すなはちバルナバとパウロと之これを聞ききて己おのが衣ころもをさき群衆ぐんじゅうのなかに馳はせ入いり、 15 呼よばはりて言いふ『人々ひとびとよ、なんぞ斯かゝる事ことをなすか、我われらも汝なんぢらと同おなじ情󠄃じゃうを有󠄃もてる人ひとなり、汝なんぢらに福音󠄃ふくいんを宣のべて斯かゝる虛むなしき者ものより離はなれ、天てんと地ちと海うみとその中なかにある有󠄃あらゆる物ものとを造󠄃つくり給たまひし活いける神かみに歸かへらしめんと爲するなり。 16 過󠄃すぎし時代じだいには神かみ、すべての國人くにびとの己おのが道󠄃々みちみちを步あゆむに任まかせ給たまひしかど、 17 また自己みづからを證あかしし給たまはざりし事ことなし。即すなはち善よき事ことをなし、天てんより雨あめを賜たまひ、豐穰みのりの時ときをあたへ、食󠄃物しょくもつと勸󠄂喜よろこびとをもて汝なんぢらの心こゝろを滿みち足たらはせ給たまひしなり』 18 斯かく言いひて辛からうじて群衆ぐんじゅうの己おのれらに犧牲いけにへを獻さゝげんとするを止とゞめたり。

19 然しかるに數󠄄人すにんのユダヤ人びと、アンテオケ及およびイコニオムより來きたり、群衆ぐんじゅうを勸󠄂すゝめ、而しかしてパウロを石いしにて擊うち、旣󠄁すでに死しにたりと思おもひて町まちの外そとに曳ひき出いだせり。 20 弟子でしたち之これを立たち圍󠄃かこみゐたるに、パウロ起󠄃おきて町まちに入いる。明あくる日ひバルナバと共ともにデルベに出いで往󠄃ゆき、 21 その町まちに福音󠄃ふくいんを宣傳のべつたへ、多おほくの人ひとを弟子でしとして後のち、ルステラ、イコニオム、アンテオケに還󠄃かへり、 22 弟子でしたちの心こゝろを堅かたうし信仰しんかうに止とゞまらんことを勸󠄂すゝめ、また我われらが多おほくの艱難かんなんを歷へて神かみの國くにに入いるべきことを敎をしふ。 23 また敎會けうくわい每ごとに長老ちゃうらうをえらび、斷食󠄃だんじきして祈いのり、弟子でしたちを其その信しんずる所󠄃ところの主しゅに委ゆだぬ。
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24 斯かくてピシデヤを經へてパンフリヤに到いたり、 25 ペルガにて御言みことばを語かたりて後のちアタリヤに下くだり、 26 彼處かしこより船󠄄出ふなでして、その成󠄃なし果はてたる務つとめのために神かみの惠めぐみみに委ゆだねられし處ところなるアンテオケに往󠄃ゆけり。〘194㌻〙 27 旣󠄁すでに到いたりて敎會けうくわいの人々ひとびとを集あつめたれば、神かみが己おのれらと偕ともに在いまして成󠄃なし給たまひし凡すべてのこと並ならびに信仰しんかうの門もんを異邦󠄆人いはうじんにひらき給たまひしことを述󠄃のぶ。 28 斯かくて久ひさしく留とゞまりて弟子でしたちと偕ともにゐたり。

第15章

1 或ある人々ひとびとユダヤより下くだりて兄弟きゃうだいたちに『なんぢらモーセの例れいに遵󠄅したがひて割󠄅禮かつれいを受うけずば救すくはるるを得えず』と敎をしふ。 2 爰こゝに彼かれらとパウロ及およびバルナバとの間あひだに、大おほいなる紛󠄃爭あらそひと議論ぎろんと起󠄃おこりたれば、兄弟きゃうだいたちはパウロ、バルナバ及およびその中うちの數󠄄人すにんをエルサレムに上のぼらせ、此この問題もんだいにつきて使󠄃徒しと・長老ちゃうらうたちに問とはしめんと定さだむ。 3 かれら敎會けうくわいの人々ひとびとに見み送󠄃おくられて、ピニケ及およびサマリヤを經へ、異邦󠄆人いはうじんの改宗かいしゅうせしことを具󠄄つぶさに吿つげて、凡すべての兄弟きゃうだいに大おほいなる喜悅よろこびを得えさせたり。 4 エルサレムに到いたり、敎會けうくわいと使󠄃徒しとと長老ちゃうらうとに迎󠄃むかへられ、神かみが己おのれらと偕ともに在いまして爲なし給たまひし凡すべての事ことを述󠄃のべたるに、 5 信者しんじゃとなりたるパリサイ派󠄄はの或ある人々ひとびと立たちて『異邦󠄆人いはうじんにも割󠄅禮かつれいを施ほどこし、モーセの律法おきてを守まもることを命めいぜざる可べからず』と言いふ。

6 爰こゝに使󠄃徒しと・長老ちゃうらうたち此この事ことにつきて協議けふぎせんとて集あつまる。 7 多おほくの議論ぎろんありし後のち、ペテロ起󠄃たちて言いふ 『兄弟きゃうだいたちよ、汝なんぢらの知しるごとく、久ひさしき前󠄃まへに神かみは、なんぢらの中うちより我われを選󠄄えらび、わが口くちより異邦󠄆人いはうじんに福音󠄃ふくいんの言ことばを聞きかせ、之これを信しんぜしめんとし給たまへり。 8 人ひとの心こゝろを知しりたまふ神かみは、我われらと同おなじく、彼かれ等らにも聖󠄃せい靈れいを與あたへて證あかしをなし、
 268㌻ 
9 かつ信仰しんかうによりて彼かれらの心こゝろをきよめ、我われらと彼かれらとの間あひだに隔󠄃へだてを置おき給たまはざりき。 10 然しかるに何なにぞ神かみを試こゝろみて弟子でしたちの頸くびに我われらの先祖せんぞも我われらも負󠄅おひ能あたはざりし軛くびきをかけんとするか。 11 然しからず、我われらの救すくはるるも彼かれらと均ひとしく主しゅイエスの恩惠めぐみに由よることを我われらは信しんず』

12 爰こゝに會衆くわいしゅうみな默もくして、バルナバとパウロとの己おのれ等らによりて神かみが異邦󠄆人いはうじんのうちに爲なし給たまひし多おほくの徴しるしと不思議ふしぎとを述󠄃のぶるを聽きく。 13 彼かれらの語かたり終󠄃をへし後のち、ヤコブ答こたへて言いふ 『兄弟きゃうだいたちよ、我われに聽きけ、 14 シメオン旣󠄁すでに神かみの初はじめて異邦󠄆人いはうじんを顧󠄃かへりみ、その中うちより御名みなを負󠄅おふべき民たみを取とり給たまひしことを述󠄃のべしが、 15 預言者よげんしゃたちの言ことばもこれと合あへり。 16 錄しるして 「こののち我われかへりて、 倒たふれたるダビデの幕屋まくやを再ふたゝび造󠄃つくり、 その頽くづれし所󠄃ところを再ふたゝび造󠄃つくり、 而しかして之これを立たてん。〘195㌻〙 17 これ殘餘のこりの人々ひとびと、主しゅを尋󠄃たづね求もとめ、 凡すべて我わが名なをもて稱󠄄となへらるる異邦󠄆人いはうじんも また然しかせん爲ためなり。 18 古いにしへより此これ等らのことを知しらしめ給たまふ主しゅ、 これを言いひ給たまふ」とあるが如ごとし。 19 之これによりて我われは判󠄄斷はんだんす、異邦󠄆人いはうじんの中うちより神かみに歸依きえする人ひとを煩わづらはすべきにあらず。 20 ただ書かき贈おくりて、偶像󠄃ぐうざうに穢けがされたる物ものと淫行いんかうと絞󠄃殺しめころしたる物ものと血ちとを避󠄃さけしむべし。 21 昔むかしより、いづれの町まちにもモーセを宣のぶる者ものありて安息あんそく日にち每ごとに諸しょ會堂くわいだうにてその書ふみを讀よめばなり』

22 爰こゝに使󠄃徒しと・長老ちゃうらうたち及および全󠄃ぜん敎會けうくわいは、その中うちより人ひとを選󠄄えらびてパウロ、バルナバと共ともにアンテオケに送󠄃おくることを可よしとせり。選󠄄えらばれたるは、バルサバと稱󠄄となふるユダとシラスとにて、兄弟きゃうだいたちの中うちの重立おもだちたる者ものなり。 23 之これに托たくしたる書ふみにいふ『使󠄃徒しとおよび長老ちゃうらうたる兄弟きゃうだいら、アンテオケ、シリヤ、キリキヤに在ある異邦󠄆人いはうじんの兄弟きゃうだいたちの平󠄃安へいあんを祈いのる。
 269㌻ 
24 我等われらのうちの或ある人々ひとびとわれらが命めいじもせぬに、言ことばをもて汝なんぢらを煩わづらはし、汝なんぢらの心こゝろを亂みだしたりと聞ききたれば、 25 我われら心こゝろを一ひとつにして人ひとを選󠄄えらびて、 26 我われらの主しゅイエス・キリストの名なのために生命いのちを惜をしまざりし者ものなる、我われらの愛あいするバルナバ、パウロと共ともに汝なんぢらに遣󠄃つかはすことを可よしとせり。 27 之これによりて我われらユダとシラスとを遣󠄃つかはす、かれらも口くちづから此これ等らのことを述󠄃のべん。 28 聖󠄃せい靈れいと我われらとは左さの肝要󠄃かんえうなるものの他ほかに何なにをも汝なんぢらに負󠄅おはせぬを可よしとするなり。 29 即すなはち偶像󠄃ぐうざうに獻さゝげたる物ものと血ちと絞󠄃殺しめころしたる物ものと淫行いんかうとを避󠄃さくべき事ことなり、汝なんぢ等らこれを愼つゝしまば善よし。なんぢら健󠄄すこやかなれ』

30 かれら別わかれを吿つげてアンテオケに下くだり、人々ひとびとを集あつめて書ふみを付わたす。 31 人々ひとびとこれを讀よみ慰安なぐさめを得えて喜よろこべり。 32 ユダもシラスもまた預言者よげんしゃなれば、多おほくの言ことばをもて兄弟きゃうだいたちを勸󠄂すゝめて彼かれらを堅かたうし、 33 暫しばらく留とゞまりてのち、兄弟きゃうだいたちに平󠄃安へいあんを祝しくせられ、別わかれを吿つげて、己おのれらを遣󠄃つかはしし者ものに歸かへれり。 34 [なし][*][*異本「シラスはそこに留るをよしとせり」の句あり。] 35 斯かくてパウロとバルナバとは尙なほアンテオケに留とゞまりて多おほくの人ひととともに主しゅの御言みことばを敎をしへ、かつ宣傳のべつたへたり。

36 數󠄄日すにちの後のちパウロはバルナバに言いふ『いざ我われら曩さきに主しゅの御言みことばを傳つたへし凡すべての町まちにまた往󠄃ゆきて兄弟きゃうだいたちを訪とひ、その安否あんぴを尋󠄃たづねん』 37 バルナバはマルコと稱󠄄となふるヨハネを伴󠄃ともなはんと望󠄇のぞみ、 38 パウロは彼かれが曾かつてパンフリヤより離はなれ去さりて勤勞はたらきのために共ともに往󠄃ゆかざりしをもて伴󠄃ともなふは宣よろしからずと思おもひ、〘196㌻〙 39 激はげしき爭論あらそひとなりて遂󠄅つひに二人ふたり相あひ別わかれ、バルナバはマルコを伴󠄃ともなひ、舟ふねにてクプロに渡わたり、 40 パウロはシラスを選󠄄えらび、兄弟きゃうだいたちより主しゅの恩惠めぐみに委ゆだねられて出いで立たち、 41 シリヤ、キリキヤを經へて諸しょ敎會けうくわいを堅かたうせり。
 270㌻ 

第16章

1 斯かくてパウロ、デルベとルステラとに到いたりたるに、視みよ、彼處かしこにテモテと云いふ弟子でしあり、その母ははは信者しんじゃなるユダヤ人びとにて、父󠄃ちちはギリシヤ人びとなり。 2 彼かれはルステラ、イコニオムの兄弟きゃうだいたちの中うちに令聞よききこえある者ものなり。 3 パウロかれの共ともに出いで立たつことを欲ほっしたれば、その邊󠄎あたりに居をるユダヤ人びとのために之これに割󠄅禮かつれいを行おこなへり、その父󠄃ちちのギリシヤ人びとたるを凡すべての人ひとの知しる故ゆゑなり。 4 斯かくて町々まちまちを經へゆきて、エルサレムに居をる使󠄃徒しと・長老ちゃうらうたちの定さだめし規のりを守まもらせんとて、之これを人々ひとびとに授さづけたり。 5 爰こゝに諸しょ敎會けうくわいはその信仰しんかうを堅かたうせられ、人員ひとかず日每ひごとにいや增ませり。

6 彼かれらアジヤにて御言みことばを語かたることを聖󠄃せい靈れいに禁きんぜられたれば、フルギヤ及およびガラテヤの地ちを經へゆきて、 7 ムシヤに近󠄃ちかづき、ビテニヤに往󠄃ゆかんと試こゝろみたれど、イエスの御靈みたま、許ゆるし給たまはず、 8 遂󠄅つひにムシヤを過󠄃すぎてトロアスに下くだれり。 9 パウロ夜よる、幻影まぼろしを見みたるに、一人ひとりのマケドニヤ人びとあり、立たちて己おのれを招まねき『マケドニヤに渡わたりて我われらを助たすけよ』と言いふ。 10 パウロこの幻影まぼろしを見みたれば、我われらは神かみのマケドニヤ人びとに福音󠄃ふくいんを宣傳のべつたへしむる爲ために我われらを召めし給たまふことと思おもひ定さだめて、直たゞちにマケドニヤに赴おもむかんと爲せり。

11 さてトロアスより船󠄄出ふなでして眞󠄃直ますぐにはせてサモトラケにいたり、次󠄄つぎの日ひネアポリスにつき、 12 彼處かしこよりピリピにゆく。ここはマケドニヤの中うちにて、この邊󠄎あたりの第一だいいちの町まちにして殖民地しょくみんちなり、われら數󠄄日すにちの間あひだこの町まちに留とゞまる。 13 安息あんそく日にちに町まちの門もんを出いでて祈場いのりばあらんと思おもはるる河かはのほとりに往󠄃ゆき、其處そこに坐ざして、集あつまれる女をんなたちに語かたりたれば、 14 テアテラの町まちの紫むらさき布ぬのの商人あきうどにして神かみを敬うやまふルデヤと云いふ女をんなきき居をりしが、主しゅその心こゝろをひらき謹つゝしみてパウロの語かたる言ことばをきかしめ給たまふ。
 271㌻ 
15 彼かれは己おのれも家族かぞくもバプテスマを受うけてのち、我われらに勸󠄂すゝめて言いふ『なんぢら我われを主しゅの信者しんじゃなりとせば、我わが家いへに來きたりて留とゞまれ』斯かく强しひて我われらを留とゞめたり。

16 われら祈場いのりばに往󠄃ゆく途󠄃中とちゅう、卜筮うらなひの靈れいに憑つかれて卜筮うらなひをなし、其その主人しゅじんらに多おほくの利りを得えさする婢女はしため、われらに遇󠄃あふ。 17 彼かれはパウロ及および我われらの後のちに從したがひつつ叫さけびて言いふ『この人ひとたちは至高いとたかき神かみの僕しもべにて汝なんぢらに救すくひの道󠄃みちを敎をしふる者ものなり』〘197㌻〙 18 幾日いくひも斯かくするをパウロ憂うれひて振反ふりかへり、その靈れいに言いふ『イエス・キリストの名なによりて汝なんぢに、この女をんなより出いでん事ことを命めいず』靈れいただちに出いでたり。

19 然しかるにこの女をんなの主人しゅじんら利りを得うる望󠄇のぞみのなくなりたるを見みてパウロとシラスとを捕とらへ、市場いちばに曳ひきて司つかさたちに往󠄃ゆき、 20 之これを上役うはやくらに出いだして言いふ『この人々ひとびとはユダヤ人びとにて我われらの町まちを甚いたく騷さわがし、 21 我われらロマ人びとたる者ものの受うくまじく、行おこなふまじき習󠄃慣ならはしを傳つたふるなり』 22 群衆ぐんじゅうも齊ひとしく起󠄃おこり立たちたれば、上役うはやくら命めいじて其その衣ころもを褫󠄃はぎ、かつ笞しもとにて打うたしむ。 23 多おほく打うちてのち獄ひとやに入いれ、獄守ひとやもりに固かたく守まもるべきことを命めいず。 24 獄守ひとやもりこの命令めいれいを受うけて二人ふたりを奧おくの獄ひとやに入いれ、桎かせにてその足あしを締しめ置おきたり。 25 夜半󠄃よなかごろパウロとシラスと祈いのりて神かみを讃美さんびする囚人めしうどら聞ききゐたるに、 26 俄にはかに大おほいなる地震ぢしんおこりて牢舍らうやの基もとゐふるひ動うごき、その戶とたちどころに皆みなひらけ、凡すべての囚人めしうどの縲絏なはめとけたり。 27 獄守ひとやもり、目めさめ獄ひとやの戶との開ひらけたるを見みて、囚人めしうどにげ去されりと思おもひ、刀かたなを拔ぬきて自殺じさつせんとしたるに、 28 パウロ大聲おほごゑに呼よばはりて言いふ『みづから害󠄅そこなふな、我われら皆みなここに在あり』 29 獄守ひとやもり、燈火ともしびを求もとめ、駈かけ入いりて戰をのゝきつつパウロとシラスとの前󠄃まへに平󠄃伏ひれふし、 30 之これを連󠄃つれ出いだして言いふ『君きみたちよ、われ救すくはれん爲ために何なにをなすべきか』 31 二人ふたりは言いふ『主しゅイエスを信しんぜよ、然さらば汝なんぢも汝なんぢの家族かぞくも救すくはれん』
 272㌻ 
32 斯かくて神かみの言ことばを獄守ひとやもりとその家いへに居をる凡すべての人々ひとびとに語かたれり。 33 この夜よ、即時そくじに獄守ひとやもりかれらを引取ひきとりて、その打傷うちきずを洗あらひ、遂󠄅つひに己おのれも己おのれに屬ぞくする者ものもみな直たゞちにバプテスマを受うけ、 34 かつ二人ふたりを自宅じたくに伴󠄃ともなひて食󠄃事しょくじをそなへ、全󠄃家ぜんかとともに神かみを信しんじて喜よろこべり。

35 夜明よあけになりて上役うはやくらは警吏󠄄けいりどもを遣󠄃つかはして『かの人々ひとびとを釋ゆるせ』と言いはせたれば、 36 獄守ひとやもりこれらの言ことばをパウロに吿つげて言いふ『上役うはやく、人ひとを遣󠄃つかはして汝なんぢらを釋ゆるさんとす。然されば今いまいでて安やすらかに往󠄃ゆけ』 37 ここにパウロ警吏󠄄けいりに言いふ『我われらはロマ人びとたるに罪つみを定さだめずして公󠄃然おほやけに鞭むちうち、獄ひとやに投なげ入いれたり。然しかるに今いまひそかに我われらを出いださんと爲するか。然しかるべからず、彼かれ等らみづから來きたりて我われらを連󠄃つれ出いだすべし』 38 警吏󠄄けいりこれらの言ことばを上役うはやくに吿つげたれば、其そのロマ人びとたるを聞ききて懼おそれ、 39 來きたり宥なだめて二人ふたりを連󠄃つれ出いだし、かつ町まちを去さらんことを請󠄃こふ。 40 二人ふたりは獄ひとやを出いでてルデヤの家いへに入いり、兄弟きゃうだいたちに逢あひ、勸󠄂すゝめをなして出いで往󠄃ゆけり。〘198㌻〙

第17章

1 斯かくてアムピポリス及およびアポロニヤを經へてテサロニケに到いたる。此處ここにユダヤ人びとの會堂くわいだうありたれば、 2 パウロは例れいのごとく彼かれらの中うちに入いり、三みつの安息あんそく日にちにわたり、聖󠄃書せいしょに基もとづきて論ろんじ、かつ解とき明あかして、 3 キリストの必かならず苦難くるしみをうけ、死人しにんの中うちより甦よみがへるべきことを述󠄃のべ『わが汝なんぢらに傳つたふる此このイエスはキリストなり』と證あかしせり。 4 その中うちのある人々ひとびとおよび敬虔けいけんなる數󠄄多あまたのギリシヤ人びと、また多おほくの重立おもだちたる女をんなも信しんじてパウロとシラスとに從したがへり。 5 爰こゝにユダヤ人びとら嫉ねたみを起󠄃おこして市いちの無賴者あぶれものをかたらひ、群衆ぐんじゅうを集あつめて町まちを騷さわがし、又󠄂またふたりを集民しふみんの前󠄃まへに曳ひき出いださんとしてヤソンの家いへを圍󠄃かこみしが、 6 見出みいださざれば、ヤソンと數󠄄人すにんの兄弟きゃうだいとを町まち司つかさたちの前󠄃まへに曳ひききたり呼よばはりて言いふ『天下てんかを顚覆󠄄くつがへしたる彼かの者ものども此處ここにまで來きたれるを、
 273㌻ 
7 ヤソン迎󠄃むかへ入いれたり。この曹輩ともがらは皆みなカイザルの詔勅みことのりにそむき他ほかにイエスと云いふ王わうありと言いふ』 8 之これをききて群衆ぐんじゅうと町まち司つかさたちと心こゝろを騷さわがし、 9 保證ほしょうを取とりてヤソンと他ほかの人々ひとびととを釋ゆるせり。

10 兄弟きゃうだいたち直たゞちに夜よるの間まにパウロとシラスとをベレヤに送󠄃おくりいだす。二人ふたりは彼處かしこにつきてユダヤ人びとの會堂くわいだうにいたる。 11 此處ここの人々ひとびとはテサロニケに居をる人ひとよりも善良ぜんりゃうにして心こゝろより御言みことばをうけ、この事こと正まさしく然しかるか然しからぬか日々ひゞ聖󠄃書せいしょをしらぶ。 12 この故ゆゑにその中うちの多おほくのもの信しんじたり、又󠄂またギリシヤの貴女きぢょ、男子だんしにして信しんじたる者ものも少すくなからざりき。 13 然しかるにテサロニケのユダヤ人びとらパウロがベレヤにも神かみの言ことばを傳つたふることを聞ききたれば、此處ここにも來きたりて群衆ぐんじゅうを動うごかし、かつ騷さわがしたり。 14 爰こゝに兄弟きゃうだいたち直たゞちにパウロを送󠄃おくり出いだして海邊󠄎うみべに往󠄃ゆかしめ、シラスとテモテとは尙なほベレヤに留とゞまれり。 15 パウロを導󠄃みちびける人々ひとびとはアテネまで伴󠄃ともなひ往󠄃ゆき、パウロよりシラスとテモテとに、疾とく我われに來きたれとの命めいを受うけて立たち去されり。

16 パウロ、アテネにて彼かれらを待まちをる間ほどに、町まちに偶像󠄃ぐうざうの滿みちたるを見みて、その心こゝろに憤慨いきどほりを懷いだく。 17 されば會堂くわいだうにてはユダヤ人びとおよび敬虔けいけんなる人々ひとびとと論ろんじ、市場いちばにては日々ひゞ逢あふところの者ものと論ろんじたり。 18 斯かくてエピクロス派󠄄は、並ならびにストア派󠄄はの哲學者てつがくしゃ數󠄄人すにんこれと論ろんじあひ、或ある者ものらは言いふ『この囀󠄃さへづる者ものなにを言いはんとするか』或ある者ものらは言いふ『かれは異ことなる神々かみ〴〵を傳つたふる者ものの如ごとし』是これはパウロがイエスと復活よみがへりとを宣のべたる故ゆゑなり。 19 遂󠄅つひにパウロを[*]アレオパゴスに連󠄃つれ往󠄃ゆきて言いふ『なんぢが語かたるこの新あたらしき敎をしへの如何いかなるものなるを、我われら知しり得うべきか。[*「アレオの山」の意。]〘199㌻〙 20 なんぢ異ことなる事ことを我われらの耳みみに入いるるが故ゆゑに、我われらその何事なにごとたるを知しらんと思おもふなり』
 274㌻ 
21 アテネ人びとも、彼處かしこに住󠄃すむ旅󠄃人たびびとも、皆みなただ新あたらしき事ことを或あるひは語かたり、或あるひは聞ききてのみ日ひを送󠄃おくりゐたり。 22 パウロ、アレオパゴスの中なかに立たちて言いふ   『アテネ人びとよ、我われすべての事ことに就つきて汝なんぢらが神々かみ〴〵を敬うやまふ心こゝろの篤あつきを見みる。

23 われ汝なんぢらが拜をがむものを見みつつ道󠄃みちを過󠄃すぐるほどに「知しらざる神かみに」と記しるしたる一ひとつの祭壇さいだんを見出みいだしたり。然されば我われなんぢらが知しらずして拜をがむ所󠄃ところのものを汝なんぢらに示しめさん。 24 世界せかいとその中なかのあらゆる物ものとを造󠄃つくり給たまひし神かみは、天てん地ちの主しゅにましませば、手てにて造󠄃つくれる宮みやに住󠄃すみ給たまはず。 25 みづから凡すべての人ひとに生命いのちと息いきと萬よろづの物ものとを與あたへ給たまへば、物ものに乏とぼしき所󠄃ところあるが如ごとく、人ひとの手てにて事つかふることを要󠄃えうし給たまはず。 26 一人ひとりよりして諸種もろもろの國人くにびとを造󠄃つくりいだし、之これを地ちの全󠄃面ぜんめんに住󠄃すましめ、時期ときの限かぎりと住󠄃居すまひの界さかひとを定さだめ給たまへり。 27 これ人ひとをして神かみを尋󠄃たづねしめ、或あるひは探さぐりて見み出いだす事ことあらしめん爲ためなり。されど神かみは我等われらおのおのを離はなれ給たまふこと遠󠄄とほからず、 28 我われらは神かみの中うちに生いき、動うごきまた在あるなり。汝なんぢらの詩人しじんの中うちの或ある者ものどもも「我われらは又󠄂またその裔すゑなり」と云いへる如ごとし。 29 かく神かみの裔すゑなれば、神かみを金きん・銀ぎん・石いしなど人ひとの工わざと思考かんがへとにて刻󠄂きざめる物ものと等ひとしく思おもふべきにあらず。 30 神かみは斯かゝる無知むちの時代じだいを見み過󠄃すごしに爲し給たまひしが、今いまは何處いづこにても凡すべての人ひとに悔改くいあらたむべきことを吿つげたまふ。 31 曩さきに立たて給たまひし一人ひとりによりて義ぎをもて世界せかいを審さばかんために日ひをさだめ、彼かれを死人しにんの中うちより甦よみがへらせて保證ほしょうを萬人ばんにんに與あたへ給たまへり』

32 人々ひとびと、死人しにんの復活よみがへりをききて、或ある者ものは嘲󠄂笑あざわらひしが、或ある者ものは『われら復またこの事ことを汝なんぢに聞きかん』と言いへり。 33 爰こゝにパウロ人々ひとびとのなかを出いで去さる。 34 されど彼かれに附隨つきしたがひて信しんじたるもの數󠄄人すにんあり。其その中うちにアレオパゴスの裁判󠄄人さいばんにんデオヌシオ及およびダマリスと名なづくる女をんなあり、尙なほその他ほかにもありき。
 275㌻ 

第18章

1 この後のちパウロ、アテネを離はなれてコリントに到いたり、 2 アクラと云いふポントに生うまれたるユダヤ人びとに遇󠄃あふ。クラウデオ、ユダヤ人びとにことごとくロマを退󠄃しりぞくべき命めいを下くだしたるによりて、近󠄃頃ちかごろその妻つまプリスキラと共ともにイタリヤより來きたりし者ものなり。 3 パウロ其その許もとに到いたりしに、同業どうげふなりしかば偕ともに居をりて工わざをなせり。彼かれらの業わざは幕屋まくや製造󠄃つくりなり。 4 斯かくて安息あんそく日にち每ごとに會堂くわいだうにて論ろんじ、ユダヤ人びととギリシヤ人びととを勸󠄂すゝむ。〘200㌻〙

5 シラスとテモテとマケドニヤより來きたりて後のちはパウロ專もっぱら御言みことばを宣のぶることに力つとめ、イエスのキリストたることをユダヤ人びとに證あかしせり。 6 然しかるに、彼かれら之これに逆󠄃さからひ、かつ罵のゝしりたれば、パウロ衣ころもを拂はらひて言いふ『なんぢらの血ちは汝なんぢらの首かうべに歸きすべし、我われは潔󠄄いさぎよし、今いまより異邦󠄆人いはうじんに往󠄃ゆかん』 7 遂󠄅つひに此處ここを去さりて神かみを敬うやまふテテオ・ユストと云いふ人ひとの家いへに到いたる。この家いへは會堂くわいだうに隣となれり。 8 會堂くわいだう司つかさクリスポその家族かぞく一同いちどうと共ともに主しゅを信しんじ、また多おほくのコリント人びとも聽ききて信しんじ、かつバプテスマを受うけたり。 9 主しゅは夜よるまぼろしの中うちにパウロに言いひ給たまふ『おそるな、語かたれ、默もくすな、 10 我われなんぢと偕ともにあり、誰たれも汝なんぢを攻せめて害󠄅そこなふ者ものなからん。此この町まちには多おほくの我わが民たみあり』 11 斯かくてパウロ一年いちねん六个月󠄃ろくかげつここに留とゞまりて神かみの言ことばを敎をしへたり。

12 ガリオ、アカヤの總󠄂督そうとくたる時とき、ユダヤ人びと、心こゝろを一ひとつにしてパウロを攻せめ、審判󠄄さばきの座ざに曳ひきゆき、 13 『この人ひとは律法おきてにかなはぬ仕方しかたにて神かみを拜をがむことを人ひとに勸󠄂すゝむ』と言いひたれば、 14 パウロ口くちを開ひらかんとせしに、ガリオ、ユダヤ人びとに言いふ『ユダヤ人びとよ、不正ふせいまたは奸惡かんあくの事ことならば、我わが汝なんぢらに聽きくは道󠄃理ことわりなれど、
 276㌻ 
15 もし言ことば、名なあるひは汝なんぢらの律法おきてにかかはる問題もんだいならば、汝なんぢ等らみづから理をさむべし。我われかかる事ことの審判󠄄さばき人ひととなるを好このまず』 16 斯かくて彼かれらを審判󠄄さばきの座ざより逐󠄃おひいだす。 17 爰こゝに人々ひとびとみな會堂くわいだう司つかさソステネを執とらへ、審判󠄄さばきの座ざの前󠄃まへにて打うち扑たゝきたり。ガリオは凡すべて此これらの事ことを意いとせざりき。

18 パウロなほ久ひさしく留とゞまりてのち、兄弟きゃうだいたちに別わかれを吿つげ、プリスキラとアクラとを伴󠄃ともなひ、シリヤに向むかひて船󠄄出ふなです。早はやくより誓願せいぐわんありたれば、ケンクレヤにて髮かみを剃それり。 19 斯かくてエペソに著つき、其處そこにこの二人ふたりを留とゞめおき、自みづからは會堂くわいだうに入いりてユダヤ人びとと論ろんず。 20 人々ひとびとかれに今いま暫しばらく居をらんことを請󠄃こひたれど、肯がへんぜずして、 21 別わかれを吿つげ『神かみの御意みこゝろならば復またなんぢらに返󠄄かへらん』と言いひてエペソより船󠄄出ふなでし、 22 カイザリヤにつき、而しかしてエルサレムに上のぼり、敎會けうくわいの安否あんぴを問とひてアンテオケに下くだり、 23 此處ここに暫しばらく留とゞまりて後のちまた去さりてガラテヤ、フルギヤの地ちを次󠄄々つぎつぎに經へて凡すべての弟子でしを堅かたうせり。

24 時ときにアレキサンデリヤ生うまれのユダヤ人びとにて聖󠄃書せいしょに通󠄃達󠄃つうたつしたるアポロと云いふ能辯のうべんなる者ものエペソに下くだる。 25 この人ひとは曩さきに主しゅの道󠄃みちを敎をしへられ、ただヨハネのバプテスマを知しるのみなれど、熱心ねっしんにして詳細つまびらかにイエスの事ことを語かたり、かつ敎をしへたり。〘201㌻〙 26 かれ會堂くわいだうにて臆おくせずして語かたり始はじめしを、プリスキラとアクラと聞ききゐて之これを迎󠄃むかへ入いれ、なほも詳細つまびらかに神かみの道󠄃みちを解とき明あかせり。 27 アポロ遂󠄅つひにアカヤに渡わたらんと爲したれば、兄弟きゃうだいたち之これを勵はげまし、かつ弟子でしたちに彼かれを受うけ容いるるやうに書かき贈おくれり。彼かれかしこに往󠄃ゆき、旣󠄁すでに恩惠めぐみによりて信しんじたる者ものに多おほくの益えきを與あたふ。
 277㌻ 
28 即すなはち聖󠄃書せいしょに基もとづき、イエスのキリストたる事ことを示しめして、激甚ていたくかつ公󠄃然おほやけにユダヤ人びとを言いひ伏ふせたるなり。

第19章

1 斯かくてアポロ、コリントに居をりし時とき、パウロ東ひがしの地方ちはうを經へてエペソに到いたり、或ある弟子でしたちに逢あひて、 2 『なんぢら信者しんじゃとなりしとき聖󠄃せい靈れいを受うけしか』と言いひたれば、彼かれ等らいふ『いな、我われらは聖󠄃せい靈れいの有󠄃あることすら聞きかず』 3 パウロ言いふ『されば何なにによりてバプテスマを受うけしか』彼かれ等らいふ『ヨハネのバプテスマなり』 4 パウロ言いふ『ヨハネは悔改くいあらためのバプテスマを授さづけて己おのれに後おくれて來きたるもの(即すなはちイエス)を信しんずべきことを民たみに云いへるなり』 5 彼かれ等らこれを聞ききて主しゅイエスの名なによりてバプテスマを受うく。 6 パウロ手てを彼かれらの上うへに按おきしとき、聖󠄃せい靈れいその上うへに望󠄇のぞみたれば、彼かれら異言いげんを語かたり、かつ預言よげんせり。 7 この人々ひとびとは凡すべて十二じふに人にんほどなり。

8 爰こゝにパウロ會堂くわいだうに入いりて、三个月󠄃さんかげつのあひだ臆おくせずして神かみの國くにに就つきて論ろんじ、かつ勸󠄂すゝめたり。 9 然しかるに或ある者ものども頑󠄂固かたくなになりて從したがはず、會衆くわいしゅうの前󠄃まへに神かみの道󠄃みちを譏󠄃そしりたれば、パウロ彼かれらを離はなれ、弟子でしたちをも退󠄃しりぞかしめ、日每ひごとにツラノの會堂かうだうにて論ろんず。 10 斯かくすること二年にねんの間あひだなりしかば、アジヤに住󠄃すむ者ものは、ユダヤ人びともギリシヤ人びともみな主しゅの言ことばを聞きけり。 11 而しかして神かみはパウロの手てによりて尋󠄃常よのつねならぬ能力ちからある業わざを行おこなひたまふ。 12 即すなはち人々ひとびとかれの身みより或あるひは手拭てぬぐひあるひは前󠄃垂まへだれをとりて病やめる者ものに著つくれば、病やまひは去さり惡あく靈れいは出いでたり。 13 爰こゝに諸國しょこく遍󠄃歷へんれきの咒文󠄃じゅもん師しなるユダヤ人びと數󠄄人すにんあり、試こゝろみに惡あく靈れいに憑つかれたる者ものに對たいして、主しゅイエスの名なを呼よび『われパウロの宣のぶるイエスによりて、汝なんぢらに命めいず』と言いへり。 14 斯かくなせる者ものの中うちに、ユダヤの祭司長さいしちゃうスケワの七人しちにんの子こもありき。 15 惡あく靈れいこたへて言いふ『われイエスを知しり、又󠄂またパウロを知しる。然されど汝なんぢらは誰たれぞ』
 278㌻ 
16 斯かくて惡あく靈れいの入いりたる人ひと、かれらに跳とびかかりて二人ふたりに勝󠄃かち、これを打拉うちひしぎたれば、彼かれら裸體はだかになり傷きずを受うけてその家いへを逃󠄄にげ出いでたり。 17 此この事ことエペソに住󠄃すむ凡すべてのユダヤ人びととギリシヤ人びととに知しれたれば、懼おそれかれら一同いちどうのあひだに生しゃうじ、主しゅイエスの名な崇あがめらる。〘202㌻〙 18 信者しんじゃとなりし者ものおほく來きたり、懴悔ざんげして自みづからの行爲おこなひを吿つぐ。 19 また魔󠄃術󠄃まじゅつを行おこなひし多おほくの者ものども、その書物しょもつを持もちきたり、衆人しゅうじんの前󠄃まへにて焚やきたるが、其その價あたひを算かぞふれば銀ぎん五ご萬まんほどなりき。 20 主しゅの言ことば、大おほいに弘ひろまりて權力ちからを得えしこと斯かくの如ごとし。

21 此これ等らの事ことのありし後のちパウロ、マケドニヤ、アカヤを經へてエルサレムに往󠄃ゆかんと心こゝろを決さだめて言いふ『われ彼處かしこに到いたりてのち必かならずロマをも見みるべし』 22 斯かくて己おのれに事つかふる者ものの中うちにてテモテとエラストとの二人ふたりをマケドニヤに遣󠄃つかはし、自己みづからはアジヤに暫しばらく留とゞまる。

23 その頃ころこの道󠄃みちに就つきて一方ひとかたならぬ騷擾さわぎおこれり。 24 デメテリオと云いふ銀ぎん細工人さいくにんありしが、アルテミスの銀ぎんの小宮こみやを造󠄃つくりて細工人さいくにんらに多おほくの業げふを得えさせたり。 25 それらの者ものおよび同おなじ類たぐひの職業しょくげふ者しゃを集あつめて言いふ『人々ひとびとよ、われらが此この業げふに賴よりて利益りえきを得うることは、汝なんぢらの知しる所󠄃ところなり。 26 然しかるに、かのパウロは手てにて造󠄃つくれる物ものは神かみにあらずと云いひて、唯たゞにエペソのみならず、殆ほとんど全󠄃ぜんアジヤにわたり、多おほくの人々ひとびとを説とき勸󠄂すゝめて惑まどはしたり、これ亦またなんぢらの見み聞きゝする所󠄃ところなり。 27 斯かくては啻たゞに我われらの職業しょくげふの輕かろしめらるる恐おそれあるのみならず、また大女神おほめがみアルテミスの宮みやも蔑なみせられ、全󠄃ぜんアジヤ全󠄃世界ぜんせかいのをがむ大女神おほめがみの稜威󠄂みいつも滅ほろぶるに至いたらん』 28 彼かれ等らこれを聞ききて憤恚いきどほりに滿みたされ、叫さけびて言いふ『大おほいなる哉かな、エペソ人びとのアルテミス』
 279㌻ 
29 斯かくて町まち擧こぞりて騷さわぎ立たち、人々ひとびとパウロの同行どうかう者しゃなるマケドニヤ人びとガイオとアリスタルコとを捕とらへ、心こゝろを一ひとつにして劇場げきじゃうに押入おしいりたり。 30 パウロ集民しふみんのなかに入いらんと爲したれど、弟子でしたち許ゆるさず。 31 又󠄂またアジヤの祭まつりの司つかさのうちの或ある者ものどもも彼かれと親したしかりしかば、人ひとを遣󠄃つかはして劇場げきじゃうに入いらぬやうにと勸󠄂すゝめたり。 32 ここに會衆くわいしゅうおほいに亂みだれ、大方おほかたはその何なにのために集あつまりたるかを知しらずして、或ある者ものはこの事ことを、或ある者ものはかの事ことを叫さけびたり。 33 遂󠄅つひに群衆ぐんじゅうの或ある者ものども、ユダヤ人びとの推おし出いだしたるアレキサンデルに勸󠄂すゝめたれば、かれ手てを搖うごかして集民しふみんに辯明べんめいをなさんとすれど、 34 其そのユダヤ人びとたるを知しり、みな同音󠄃どうおんに『おほいなる哉かな、エペソ人びとのアルテミス』と呼よばはりて二に時間じかんばかりに及およぶ。 35 時ときに書記役しゅきやく、群衆ぐんじゅうを鎭しづめおきて言いふ『さてエペソ人びとよ、誰たれかエペソの町まちが大女神おほめがみアルテミス及および天てんより降󠄄くだりし像󠄃ざうの宮守みやもりなることを知しらざる者ものあらんや。 36 これは言いひ消󠄃けし難かたきことなれば、汝なんぢら靜しづかなるべし、妄みだりなる事ことを爲なすべからず。 37 この人々ひとびとは宮みやの物ものを盜ぬすむ者ものにあらず、我われらの女神めがみを謗そしる者ものにもあらず、然しかるに汝なんぢら之これを曳ひき來きたれり。〘203㌻〙 38 もしデメテリオ及および偕ともにをる細工人さいくにんら、人ひとに就つきて訴うったふべき事ことあらば、裁判󠄄さいばんの日ひあり、かつ司つかさあり、彼かれ等らおのおの訴うったふべし。 39 もし又󠄂またほかの事ことにつきて議ぎする所󠄃ところあらば正式せいしきの議會ぎくわいにて決けっすべし。 40 我われら今日けふの騷擾さわぎにつきては何なにの理由りいうもなきにより咎とがを受うくる恐おそれあり。この會合くわいがふにつきて言いひひらくこと能あたはねばなり』 41 斯かく言いひて集會あつまりを散さんじたり。

第20章

1 騷亂さうらんのやみし後のち、パウロ弟子でしたちを招まねきて勸󠄂すゝめをなし、之これに別わかれを吿つげ、マケドニヤに往󠄃ゆかんとて出いで立たつ。 2 而しかして、かの地方ちはうを巡󠄃めぐり多おほくの言ことばをもて弟子でしたちを勸󠄂すゝめし後のち、ギリシヤに到いたる。 3 そこに留とゞまること三个月󠄃さんかげつにしてシリヤに向むかひて船󠄄出ふなでせんとする時とき、おのれを害󠄅そこなはんとするユダヤ人びとらの計略はかりごとに遭󠄃あひたれば、マケドニヤを經へて歸かへらんと心こゝろを決さだむ。
 280㌻ 
4 之これに伴󠄃ともなへる人々ひとびとはベレヤ人びとにしてプロの子こなるソパテロ、テサロニケ人びとアリスタルコ及およびセクンド、デルベ人びとガイオ及およびテモテ、アジヤ人びとテキコ及およびトロピモなり。 5 彼かれらは先さき立だちゆき、トロアスにて我われらを待まてり。 6 我われらは除酵祭ぢょかうさいの後のち、ピリピより船󠄄出ふなでし、五日いつかにしてトロアスに著つき、彼かれらの許もとに到いたりて七日なぬかのあひだ留とゞまれり。

7 一週󠄃ひとまはりの首はじめの日ひわれらパンを擘さかんとて集あつまりしが、パウロ明日あすいで立たたんとて彼かれ等らとかたり、夜半󠄃よなかまで語かたり續つゞけたり。 8 集あつまりたる高樓たかどのには多おほくの燈火ともしびありき。 9 爰こゝにユテコといふ若者わかもの窓まどに倚よりて坐ざしゐたるが、甚いたく眠氣ねむけざすほどに、パウロの語かたること愈󠄃々いよいよ久ひさしくなりたれば、遂󠄅つひに熟睡じゅくすゐして三階さんがいより落おつ。これを扶たすけ起󠄃おこしたるに、はや死しにたり。 10 パウロ降󠄄おりて其その上うへに伏ふし、かき抱󠄃いだきて言いふ『なんぢら騷さわぐな、生命いのちはなほ內うちにあり』 11 乃すなはち復またのぼりてパンを擘さき、食󠄃しょくしてのち久ひさしく語かたりあひ、夜明よあけに至いたり遂󠄅つひに出いでたてり。 12 人々ひとびとかの若者わかものの活いきたるを連󠄃つれきたり、甚いたく慰藉󠄃なぐさめを得えたり。

13 斯かくて我われらは先さき立だちて船󠄄ふねに乘のり、アソスにてパウロを載のせんとして彼處かしこに船󠄄出ふなでせり。彼かれは徒步かちにて往󠄃ゆかんとて斯かくは定さだめたるなり。 14 我われらアソスにてパウロを待まち迎󠄃むかへ、これを載のせてミテレネに渡わたり、 15 また彼處かしこより船󠄄出ふなでして翌󠄃日よくじつキヨスの彼方かなたにいたり、次󠄄つぎの日ひサモスに立たち寄より、その次󠄄つぎの日ひミレトに著つく。 16 パウロ、アジヤにて時ときを費つひやさぬ爲ためにエペソには船󠄄ふねを寄よせずして過󠄃すぐることに定さだめしなり。これは成󠄃なるべく五旬節ごじゅんせつの日ひエルサレムに在あることを得えんとて急󠄃いそぎしに因よる。〘204㌻〙
 281㌻ 

17 而しかしてパウロ、ミレトより人ひとをエペソに遣󠄃つかはし、敎會けうくわいの長老ちゃうらうたちを呼よびて、 18 その來きたりし時とき、かれらに言いふ 『わがアジヤに來きたりし初はじめの日ひより如何いかなる狀さまにて常つねに汝なんぢらと偕ともに居をりしかは、汝なんぢらの知しる所󠄃ところなり。 19 即すなはち謙󠄃遜けんそんの限かぎりをつくし、淚なみだを流ながし、ユダヤ人びとの計略はかりごとによりて迫󠄃せまり來きし艱難かんなんに耐たへて主しゅにつかへ、 20 益えきとなる事ことは何なにくれとなく憚はゞからずして吿つげ、公󠄃然おほやけにても家々いへいへにても汝なんぢらを敎をしへ、 21 ユダヤ人びとにもギリシヤ人びとにも、神かみに對たいして悔改くいあらため、われらの主しゅイエスに對たいして信仰しんかうすべきことを證あかしせり。 22 視みよ、今いまわれは心こゝろ搦からめられて、エルサレムに往󠄃ゆく。彼處かしこにて如何いかなる事ことの我われに及およぶかを知しらず。 23 ただ聖󠄃せい靈れいいづれの町まちにても我われに證あかしして縲絏なはめと患難なやみと我われを待まてりと吿つげたまふ。 24 然されど我われわが走はしるべき道󠄃程󠄃みちのりと主しゅイエスより承うけし職つとめ、すなはち神かみの惠めぐみの福音󠄃ふくいんを證あかしする事こととを果はたさん爲ためには固もとより生命いのちをも重おもんぜざるなり。 25 視みよ、今いまわれは知しる、前󠄃さきに汝なんぢらの中うちを歷へ巡󠄃めぐりて御國みくにを宣傳のべつたへし我わが顏かほを汝なんぢら皆みなふたたび見みざるべきを。 26 この故ゆゑに、われ今日けふなんぢらに證あかしす、われは凡すべての人ひとの血ちにつきて潔󠄄いさぎよし。 27 我われは憚はゞからずして神かみの御旨みむねをことごとく汝なんぢらに吿つげしなり。 28 汝なんぢ等らみづから心こゝろせよ、又󠄂またすべての群むれに心こゝろせよ、聖󠄃せい靈れいは汝なんぢ等らを群むれのなかに立たてて監督かんとくとなし、神かみの己おのれの血ちをもて買かひ給たまひし敎會けうくわいを牧ぼくせしめ給たまふ。 29 われ知しる、わが出いで去さるのち暴あらき豺狼おほかみなんぢらの中うちに入いりきたりて群むれを惜をしまず、 30 又󠄂またなんぢらの中うちよりも、弟子でしたちを己おのが方かたに引ひき入いれんとて、曲まがれることを語かたるもの起󠄃おこらん。 31 されば汝なんぢら目めを覺さましをれ。三年さんねんの間あひだわが夜よるも晝ひるも休やすまず、淚なみだをもて汝なんぢ等らおのおのを訓戒くんかいせしことを憶おぼえよ。 32 われ今いまなんぢらを、主しゅおよび其その惠めぐみの御言みことばに委ゆだぬ。御言みことばは汝なんぢらの德とくを建󠄄たて、すべての潔󠄄きよめられたる者ものとともに嗣業しげふを受うけしめ得うるなり。
 282㌻ 
33 我われは人ひとの金きん銀ぎん・衣服󠄃ころもを貪むさぼりし事ことなし。 34 この手ては我わが必要󠄃ひつえうに供そなへ、また我われと偕ともなる者ものに供そなへしことを汝なんぢ等らみづから知しる。 35 我われすべての事ことに於おいて例れいを示しめせり、即すなはち汝なんぢらも斯かく働はたらきて、弱󠄃よわき者ものを助たすけ、また主しゅイエスの自みづから言いひ給たまひし「與あたふるは受うくるよりも幸福さいはひなり」との御言みことばを記憶きおくすべきなり』

36 斯かく言いひて後のち、パウロ跪ひざまづきて一同いちどうとともに祈いのれり。〘205㌻〙 37 みな大おほいに歎なげきパウロの頸くびを抱󠄃いだきて接吻くちつけし、 38 そのふたたび我わが顏かほを見みざるべしと云いひし言ことばによりて特ことに憂うれひ、遂󠄅つひに彼かれを船󠄄ふねまで送󠄃おくりゆけり。

第21章

1 ここに我われら人々ひとびとと別わかれて船󠄄出ふなでをなし、眞󠄃直ますぐにはせてコスに到いたり、次󠄄つぎの日ひロドスにつき、彼處かしこよりパタラにわたる。 2 此この處ところにてピニケにゆく船󠄄ふねに遇󠄃あひ、これに乘のりて船󠄄出ふなです。 3 クプロを望󠄇のぞみ、之これを左ひだりにして過󠄃すぎ、シリヤに向むかひて進󠄃すゝみ、ツロに著つきたり、此處ここにて船󠄄荷ふなにを卸おろさんとすればなり。 4 斯かくて弟子でしたちに尋󠄃たづね逢あひて七日なぬか留とゞまれり。かれら御靈みたまによりてパウロに、エルサレムに上のぼるまじき事ことを云いへり。 5 然しかるに我われら七日なぬか終󠄃をはりて後のち、いでて旅󠄃立たびだちたれば、彼かれ等らみな妻つま子ことともに町まちの外そとまで送󠄃おくりきたり、諸共もろともに濱邊󠄎はまべに跪ひざまづきて祈いのり、 6 相互かたみに別わかれを吿つげて我われらは船󠄄ふねに乘のり、彼かれらは家いへに歸かへれり。

7 ツロをいでトレマイに到いたりて船󠄄路ふなぢつきたり。此處ここにて兄弟きゃうだいたちの安否あんぴを訪とひ、かれらの許もとに一日いちにち留とゞまり、 8 明あくる日ひここを去さりてカイザリヤにいたり、傳道󠄃者でんだうしゃピリポの家いへに入いりて留とゞまる、彼かれはかの七人しちにんの一人ひとりなり。 9 この人ひとに預言よげんする四人よにんの娘むすめありて、處女をとめなりき。
 283㌻ 
10 我われら數󠄄日すにち留とゞまり居をるうちに、アガボと云いふ預言者よげんしゃ、ユダヤより下くだり、 11 我われらの許もとに來きたりてパウロの帶おびをとり、己おのが足あしと手てとを縛󠄃しばりて言いふ『聖󠄃せい靈れいかく言いひ給たまふ「エルサレムにて、ユダヤ人びと、この帶おびの主ぬしを斯かくの如ごとく縛󠄃しばりて異邦󠄆人いはうじんの手てに付わたさん」と』 12 われら之これを聞ききて此この地ちの人々ひとびととともにパウロに、エルサレムに上のぼらざらんことを勸󠄂すゝむ。 13 その時ときパウロ答こたふ『なんぢら何なにぞ歎なげきて我わが心こゝろを挫くじくか、我われエルサレムにて、主しゅイエスの名なのために、唯たゞに縛󠄃しばらるるのみかは、死しぬることをも覺悟かくごせり』 14 斯かく我われらの勸󠄂吿すゝめを納󠄃いれるによりて『主しゅの御意みこゝろの如ごとくなれかし』と言いひて止やむ。

15 この後のちわれら行李かうりを整とゝのへてエルサレムに上のぼる。 16 カイザリヤに居をる弟子でしも數󠄄人すにん、ともに往󠄃ゆき、我われらの宿やどらんとするクプロ人びとマナソンといふ舊ふるき弟子でしのもとに案內あんないしたり。

17 エルサレムに到いたりたれば、兄弟きゃうだいたち歡よろこびて我われらを迎󠄃むかへたり。 18 翌󠄃日よくじつパウロ我われらと共ともにヤコブの許もとに往󠄃ゆきしに、長老ちゃうらうたち皆みなあつまり居ゐたり。 19 パウロその安否あんぴを問とひて後のち、おのが勤勞つとめによりて異邦󠄆人いはうじんのうちに、神かみの行おこなひ給たまひしことを、一々いちいち吿つげたれば、 20 彼かれら聞ききて神かみを崇あがめ、またパウロに言いふ『兄弟きゃうだいよ、なんぢの見みるごとく、ユダヤ人びとのうち、信者しんじゃとなりたるもの數󠄄萬人すまんにんあり、みな律法おきてに對たいして熱心ねっしんなる者ものなり。〘206㌻〙 21 彼かれらは、汝なんぢが異邦󠄆人いはうじんのうちに居をる凡すべてのユダヤ人びとに對むかひて、その兒こらに割󠄅禮かつれいを施ほどこすな、習󠄃慣ならはしに從したがふなと云いひて、モーセに遠󠄄とほざかることを敎をしふと聞きけり。 22 如何いかにすべきか、彼かれらは必かならず汝なんぢの來きたりたるを聞きかん。 23 されば汝なんぢわれらの言いふ如ごとくせよ、我われらの中うちに誓願せいぐわんあるもの四人よにんあり、 24 汝なんぢかれらと組くみて之これとともに潔󠄄きよめをなし、彼かれ等らのために費つひえを出いだして髮かみを剃そらしめよ。さらば人々ひとびとみな汝なんぢにつきて聞ききたることの虛僞いつはりにして、汝なんぢも律法おきてを守まもりて正たゞしく步あゆみ居をることを知しらん。
 284㌻ 
25 異邦󠄆人いはうじんの信者しんじゃとなりたる者ものにつきては、我われら旣󠄁すでに書かき贈おくりて、偶像󠄃ぐうざうに獻さゝげたる物ものと血ちと絞󠄃殺しめころしたる物ものと淫行いんかうとに遠󠄄とほざかるべき事ことを定さだめたり』 26 爰こゝにパウロその人々ひとびとと組くみて次󠄄つぎの日ひ、ともどもに潔󠄄きよめをなして宮みやに入いり、潔󠄄きよめの期き滿みちて各人おのおののために獻物さゝげものをささぐべき日ひを吿つげたり。

27 斯かくて七日なぬかの終󠄃をはらんとする時とき、アジヤより來きたりしユダヤ人びとら、宮みやの內うちにパウロの居をるを見みて群衆ぐんじゅうを騷さわがし、かれに手てをかけ、叫さけびて言いふ、 28 『イスラエルの人々ひとびと助たすけよ、この人ひとはいたる處ところにて民たみと律法おきてと此この所󠄃ところとに悖もとれることを人々ひとびとに敎をしふる者ものなり、然しかのみならずギリシヤ人びとを宮みやに率󠄃ひき入いれて此この聖󠄃せいなる所󠄃ところをも汚けがしたり』 29 かれら曩さきにエペソ人びとトロピモが、パウロとともに市中しちゅうにゐたるを見みて、パウロ之これを宮みやに率󠄃ひき入いれしと思おもひしなり。 30 爰こゝに市中しちゅうみな騷さわぎたち、民たみども馳はせ集あつまり、パウロを捕とらへて宮みやの外そとに曳ひき出いだせり、斯かくて門もんは直たゞちに鎖󠄃とざされたり。 31 彼かれらパウロを殺ころさんと爲せしとき、軍隊󠄄ぐんたいの千卒長せんそつちゃうに、エルサレム中ぢゅうさわぎ立たてりとの事こときこえたれば、 32 かれ速󠄃すみやかに兵卒へいそつおよび百卒長ひゃくそつちゃうらを率󠄃ひきゐて馳はせ下くだる。かれら千卒長せんそつちゃうと兵卒へいそつとを見みて、パウロを打うつことを止やむ。 33 千卒長せんそつちゃう、近󠄃ちかよりてパウロを執とらへ、命めいじて二ふたつの鏈くさりにて繋つながせ、その何人なにびとなるか、何事なにごとをなしたるかを尋󠄃たづぬるに、 34 群衆ぐんじゅうの中うちにて或ある者ものはこの事ことを、或ある者ものはかの事ことを呼よばはり、騷亂さわぎのために確たしかなる事ことを知しるに由よしなく、命めいじて陣營ぢんえいに曳ひき來きたらしめたり。 35 階段きざはしに至いたれるに、群衆ぐんじゅうの手暴てあらきによりて、兵卒へいそつパウロを負󠄅おひたり。 36 これ群むらがれる民たみども『彼かれを除のぞけ』と叫さけびつつ隨したがひ迫󠄃せまれる故ゆゑなり。
 285㌻ 

37 パウロ陣營ぢんえいに曳ひき入いれられんと爲するとき、千卒長せんそつちゃうに言いふ『われ汝なんぢに語かたりて可よきか』かれ言いふ『なんぢギリシヤ語ことばを知しるか。 38 汝なんぢはかのエジプト人びとにして、曩さきに亂らんを起󠄃おこして四千しせん人にんの刺客しかくを荒野あらのに率󠄃ひきゐ出いでし者ものならずや』〘207㌻〙 39 パウロ言いふ『我われはキリキヤなるタルソのユダヤ人びと、鄙いやしからぬ市しの市民しみんなり。請󠄃こふ民たみに語かたるを許ゆるせ』 40 之これを許ゆるしたれば、パウロ階段きざはしの上うへに立たち、民たみに對むかひて手てを搖うごかし、大おほいに靜しづまれる時とき、ヘブルの語ことばにて語かたりて言いふ、

第22章

1 『兄弟きゃうだいたち親おやたちよ、今いまなんぢらに對たいする辯明べんめいを聽きけ』 2 人々ひとびとそのヘブルの語ことばを語かたるを聞ききてますます靜しづかになりたれば、又󠄂またいふ、 3 『我われはユダヤ人びとにてキリキヤのタルソに生うまれしが、此この都みやこにて育そだてられ、ガマリエルの足下あしもとにて先祖せんぞたちの律法おきての嚴きびしき方かたに遵󠄅したがひて敎をしへられ、今日こんにちの汝なんぢらのごとく神かみに對たいして熱心ねっしんなる者ものなりき。 4 我われこの道󠄃みちを迫󠄃害󠄅はくがいし男女なんにょを縛󠄃しばりて獄ひとやに入いれ、死しにまで至いたらしめしことは、 5 大だい祭司さいしも凡すべての長老ちゃうらうも我われに就つきて證あかしするなり。我われは彼かれ等らより兄弟きゃうだいたちへの書ふみを受うけて、ダマスコに寓やどり居をる者ものどもを縛󠄃しばり、エルサレムに曳ひき來きたりて罰ばつを受うけしめんとて彼處かしこにゆけり。 6 往󠄃ゆきてダマスコに近󠄃ちかづきたるに、正午まひるごろ忽たちまち大おほいなる光ひかり、天てんより出いでて我われを環󠄃めぐり照てらせり。 7 その時ときわれ地ちに倒たふれ、かつ我われに語かたりて「サウロ、サウロ、何なんぞ我われを迫󠄃害󠄅はくがいするか」といふ聲こゑを聞きき、 8 「主しゅよ、なんぢは誰たれぞ」と答こたへしに「われは汝なんぢが迫󠄃害󠄅はくがいするナザレのイエスなり」と言いひ給たまへり。 9 偕ともに居をる者ものども光ひかりは見みしが、我われに語かたる者ものの聲こゑは聞きかざりき。 10 われ復またいふ「主しゅよ、我われなにを爲なすべきか」主しゅいひ給たまふ「起󠄃たちてダマスコに往󠄃ゆけ、なんぢの爲なすべき定さだまりたる事ことは彼處かしこにて悉ことごとく吿つげらるべし」 11 我われは、かの光ひかりの晃耀󠄃かがやきにて目め見みえずなりたれば、偕ともにをる者ものに手てを引ひかれてダマスコに入いりたり。
 286㌻ 
12 爰こゝに律法おきてに據よれる敬虔けいけんの人ひとにして其その町まちに住󠄃すむ凡すべてのユダヤ人びとに令聞よききこえあるアナニヤという者ものあり。 13 彼かれわれに來きたり傍かたはらに立たちて「兄弟きゃうだいサウロよ、見みることを得えよ」と言いひたれば、その時とき、仰あふぎて彼かれを見みたり。 14 かれ又󠄂またいふ「我われらの先祖せんぞの神かみは、なんぢを選󠄄えらびて御意みこゝろを知しらしめ、又󠄂またかの義人ぎじんを見み、その御口みくちの聲こゑを聞きかしめんと爲し給たまへり。 15 これは汝なんぢの見み聞きゝしたる事ことにつきて、凡すべての人ひとに對たいし彼かれの證人しょうにんとならん爲ためなり。 16 今いまなんぞ躊躇ためらふか、起󠄃たて、その御名みなを呼よび、バプテスマを受うけて汝なんぢの罪つみを洗あらひ去され」 17 斯かくて我われエルサレムに歸かへり、宮みやにて祈いのりをるとき、我われを忘󠄃わすれし心地こゝちして主しゅを見み奉たてまつるに、我われに斯かく言いひ給たまふ、 18 「なんぢ急󠄃いそげ、早はやくエルサレムを去され、人々ひとびとわれに係かゝはる汝なんぢの證あかしを受うけぬ故ゆゑなり」 19 我われいふ「主しゅよ、我われさきに汝なんぢを信しんずる者ものを獄ひとやに入いれ、諸しょ會堂くわいだうにて之これを扑うち、〘208㌻〙 20 又󠄂またなんぢの證人あかしびとステパノの血ちの流ながされしとき、我われもその傍かたはらに立たちて之これを可よしとし、殺ころす者ものどもの衣ころもを守まもりしことは、彼かれらの知しる所󠄃ところなり」 21 われに言いひ給たまふ「往󠄃ゆけ、我われなんぢを遠󠄄とほく異邦󠄆人いはうじんに遣󠄃つかはすなり」と』

22 人々ひとびときき居ゐたりしが此この言ことばに及および、聲こゑを揚あげて言いふ『斯かくのごとき者ものをば地ちより除のぞけ、生いかしおくべき者ものならず』 23 斯かく叫さけびつつ其その衣ころもを脫ぬぎすて、塵ちりを空󠄃中くうちゅうに撒まきたれば、 24 千卒長せんそつちゃう、人々ひとびとが何なに故ゆゑパウロにむかひて斯かく叫さけび呼よばはるかを知しらんとし、鞭むちうちて訊しらぶることを命めいじて、彼かれを陣營ぢんえいに曳ひき入いれしむ。 25 革鞭かはむちをあてんとてパウロを引ひき張はりし時とき、かれ傍かたはらに立たつ百卒長ひゃくそつちゃうに言いふ『ロマ人びとたる者ものを罪つみも定さだめずして鞭むちうつは可よきか』 26 百卒長ひゃくそつちゃうこれを聞ききて千卒長せんそつちゃうに往󠄃ゆき、吿つげて言いふ『なんぢ何なにをなさんとするか、此この人ひとはロマ人びとなり』 27 千卒長せんそつちゃう、きたりて言いふ『なんぢはロマ人びとなるか、我われに吿つげよ』かれ言いふ『然しかり』
 287㌻ 
28 千卒長せんそつちゃうこたふ『我われは多おほくの金きんをもて此この民たみ籍せきを得えたり』パウロ言いふ『我われは生うまれながらなり』 29 爰こゝに訊しらべんとせし者ものどもは直たゞちに去さり、千卒長せんそつちゃうはそのロマ人びとなるを知しり、之これを縛󠄃しばりしことを懼おそれたり。

30 明あくる日ひ、千卒長せんそつちゃうかれが何なに故ゆゑユダヤ人びとに訴うったへられしか、確たしかなる事ことを知しらんと欲ほっして彼かれの縛󠄃なはめを解とき、命めいじて祭司長さいしちゃうらと全󠄃ぜん議會ぎくわいとを呼よび集あつめ、パウロを曳ひき出いだして其その前󠄃まへに立たたしめたり。

第23章

1 パウロ議會ぎくわいに目めを注そゝぎて言いふ『兄弟きゃうだいたちよ、我われは今日こんにちに至いたるまで事こと每ごとに良心りゃうしんに從したがひて神かみに事つかへたり』 2 大だい祭司さいしアナニヤ傍かたはらに立たつ者ものどもに、彼かれの口くちを擊うつことを命めいず。 3 爰こゝにパウロ言いふ『白しろく塗ぬりたる壁かべよ、神かみなんぢを擊うち給たまはん、なんぢ律法おきてによりて我われを審さばくために坐ざしながら、律法おきてに悖もとりて我われを擊うつことを命めいずるか』 4 傍かたはらに立たつ者ものいふ『なんぢ神かみの大だい祭司さいしを罵のゝしるか』 5 パウロ言いふ『兄弟きゃうだいたちよ、我われその大だい祭司さいしたることを知しらざりき。錄しるして「なんぢの民たみの司つかさをそしる可べからず」とあればなり』 6 斯かくてパウロ、その一部いちぶはサドカイ人びと、その一部いちぶはパリサイ人びとたるを知しりて、議會ぎくわいのうちに呼よばはりて言いふ『兄弟きゃうだいたちよ、我われはパリサイ人びとにしてパリサイ人びとの子こなり、我われは死人しにんの甦よみがへることの希望󠄇のぞみにつきて審さばかるるなり』 7 斯かく言いひしに因よりて、パリサイ人びととサドカイ人びととの間あひだに紛󠄃爭あらそひおこりて、會衆くわいしゅう相あひ分󠄃わかれたり。 8 サドカイ人びとは復活よみがへりもなく御使󠄃みつかひも靈れいもなしと言いひ、パリサイ人びとは兩ふたつながらありと云いふ。〘209㌻〙 9 遂󠄅つひに大おほいなる喧噪さわぎとなりてパリサイ人びとの中うちの學者がくしゃ數󠄄人すにん、たちて爭あらそひて言いふ『われら此この人ひとに惡あしき事ことあるを見みず、もし靈れいまたは御使󠄃みつかひ、かれに語かたりたるならば如何いかん』 10 紛󠄃爭あらそひいよいよ激はげしく爲なりたれば、千卒長せんそつちゃう、パウロの彼かれらに引ひき裂さかれんことを恐おそれ、兵卒へいそつどもに命めいじて下くだりゆかしめ、彼かれらの中なかより引取ひきとりて陣營ぢんえいに連󠄃つれ來きたらしめたり。
 288㌻ 

11 その夜よ、主しゅパウロの傍かたはらに立たちて言いひ給たまふ『雄々ををしかれ、汝なんぢエルサレムにて我われにつきて證あかしをなしたる如ごとく、ロマにても證あかしをなすべし』

12 夜明よあけになりてユダヤ人びと、徒黨とたうを組くみ、盟約うけひを立たてて、パウロを殺ころすまでは飮食󠄃のみくひせじと言いふ。 13 この徒黨とたうを結むすびたる者ものは四十しじふ人にん餘あまりなり。 14 彼かれらは祭司長さいしちゃう・長老ちゃうらうらに往󠄃ゆきて言いふ『われらパウロを殺ころすまでは何なにをも味あじはふまじと堅かたく盟約うけひを立たてたり。 15 されば汝なんぢ等らなほ詳細つまびらかに訊しらべんとする狀さまして、彼かれを汝なんぢらの許もとに連󠄃つれ下くだらすることを議會ぎくわいとともに千卒長せんそつちゃうに訴うったへよ。我等われらその近󠄃ちかくならぬ間うちに殺ころす準備そなへをなせり』 16 パウロの姉妹しまいの子ここの待伏まちぶせの事ことをきき、往󠄃ゆきて陣營ぢんえいに入いり、パウロに吿つげたれば、 17 パウロ百卒長ひゃくそつちゃうの一人いちにんを呼よびて言いふ『この若者わかものを千卒長せんそつちゃうにつれ往󠄃ゆけ、吿つぐる事ことあり』 18 百卒長ひゃくそつちゃうこれを携たづさへ、千卒長せんそつちゃうに至いたりて言いふ『囚人めしうどパウロ、我われを呼よびて、この若者わかものなんぢに言いふべき事ことありとて、汝なんぢに連󠄃つれ往󠄃ゆくことを請󠄃こへり』 19 千卒長せんそつちゃうその手てを執とり退󠄃しりぞきて、私ひそかに問とふ『われに吿つぐる事こととは何なにぞ』 20 若者わかものいふ『ユダヤ人びとは汝なんぢがパウロの事ことをなほ詳細つまびらかに訊しらぶる爲ためにとて、明日あすかれを議會ぎくわいに連󠄃つれ下くだることを汝なんぢに請󠄃こはんと、申合まうしあはせたり。 21 汝なんぢその請󠄃こひに從したがふな、彼かれらの中うちにて四十しじふ人にん餘あまりの者もの、パウロを待伏まちぶせ、之これを殺ころすまでは飮食󠄃のみくひせじと盟約うけひを立たて、今いまその準備そなへをなして汝なんぢの許諾ゆるしを待まてり』 22 ここに千卒長せんそつちゃう、若者わかものに『これらの事ことを我われに訴うったへたりと誰たれにも語かたるな』と命めいじて歸かへせり。 23 さて百卒長ひゃくそつちゃうを兩りゃう三人さんにんよびて言いふ『今夜こよひ、九時くじごろカイザリヤに向むけて往󠄃ゆくために、兵卒へいそつ二に百ひゃく、騎兵きへい七しち十じふ、槍やりをとる者もの二に百ひゃくを整とゝのへよ』
 289㌻ 
24 また畜けものを備そなへ、パウロを乘のせて安全󠄃あんぜんに總󠄂督そうとくペリクスの許もとに護送󠄃ごそうすることを命めいじ、 25 かつ左さのごとき書ふみをかき贈おくる。

26 『クラウデオ・ルシヤ謹つゝしみて總󠄂督そうとくペリクス閣下かくかの平󠄃安へいあんを祈いのる。 27 この人ひとはユダヤ人びとに捕とらへられて殺ころされんとせしを、我われそのロマ人びとなるを聞きき、兵卒へいそつどもを率󠄃ひきゐ往󠄃ゆきて救すくへり。 28 ユダヤ人びとの彼かれを訴うったふる理由りいうを知しらんと欲ほっして、その議會ぎくわいに引ひき往󠄃ゆきたるに、 29 彼かれらの律法おきての問題もんだいにつき訴うったへられたるにて、死しもしくは縛󠄃なはめに當あたる罪つみの訴訟󠄃うったへにあらざるを知しりたり。〘210㌻〙 30 又󠄂またこの人ひとを害󠄅がいせんとする謀計はかりごとありと我われに聞きこえたれば、われ俄にはかにこれを汝なんぢのもとに送󠄃おくり、これを訴うったふる者ものに、なんぢの前󠄃まへにて彼かれを訴うったへんことを命めいじたり』

31 爰こゝに兵卒へいそつども命めいぜられたる如ごとくパウロを受うけとりて、夜中やちゅうアンテパトリスまで連󠄃つれてゆき、 32 翌󠄃日よくじつこれを騎兵きへいに委ゆだね、ともに往󠄃ゆかしめて陣營ぢんえいに歸かへれり。 33 騎兵きへいはカイザリヤに入いり、總󠄂督そうとくに書ふみをわたし、パウロを其その前󠄃まへに立たたしむ。 34 總󠄂督そうとく、書ふみを讀よみて、パウロのいづこの國くにの者ものなるかを問とひ、そのキリキヤ人びとなるを知しりて、 35 『汝なんぢを訴うったふる者ものの來きたらんとき、尙なほつまびらかに汝なんぢのことを聽きかん』と言いひ、かつ命めいじて、ヘロデでの官邸くわんていに之これを守まもらしめたり。

第24章

1 五日いつかののち大だい祭司さいしアナニヤ數󠄄人すにんの長老ちゃうらうおよびテルトロと云いふ辯護士べんごしとともに下くだりて、パウロを總󠄂督そうとくに訴うったふ。 2 パウロ呼よび出いだされたれば、テルトロ訴うったへ出いでて言いふ『ペリクス閣下かくかよ、われらは汝なんぢによりて太平󠄃たいへいを樂たのしみ、 3 なんぢの先見せんけんによりて此この國人くにびとのために時ときに隨したがひ處ところに隨したがひて、惡あしき事ことの改あらためられたるを感謝󠄃かんしゃして罷やまず。
 290㌻ 
4 ここに喃々くどくどしく陳のべて汝なんぢを妨さまたぐまじ、願ねがはくは寛容くわんようをもて我わが少すこしの言ことばを聽きけ。 5 我等われらこの人ひとを見みるに恰あたかも疫病えきびゃうのごとくにて、全󠄃世界ぜんせかいのユダヤ人びとのあひだに騷擾さわぎをおこし、且かつナザレ人びとの異端いたんの首かしらにして、 6 宮みやをさへ瀆けがさんと爲したれば之これを捕とらへたり。〔六節の後半󠄃及び七節なし〕[*][*異本「我らの律法に循ひて審かんとせしに] 7 [なし][*][*異本(七)千卒長ルシヤ來り、我らの手より奪ひ去り、訴ふる者どもに命じて汝に到らしむ」の句あり。] 8 汝なんぢこの人ひとに就つきて訊たゞさば我われらの訴うったふる所󠄃ところをことごとく知しり得うべし』 9 ユダヤ人びとも之これに加くはへて誠󠄃まことにその如ごとくなりと主張しゅちゃうす。 10 總󠄂督そうとく、首かうべにて示しめしパウロに言いはしめたれば、答こたふ 『なんぢが年とし久ひさしく、この國人くにびとの審判󠄄さばき人びとたることを我われは知しるゆゑに、喜よろこびて我わが辯明べんめいをなさん。 11 なんぢ知しり得うべし、我わが禮拜れいはいのためにエルサレムに上のぼりてより僅わづか十二じふに日にちに過󠄃すぎず、 12 また彼かれらは、我わが宮みやにても會堂くわいだうにても市中しちゅうにても人ひとと爭あらそひ、群衆ぐんじゅうを騷さわがしたるを見みず、 13 いま訴うったへたる我わが事ことにつきても證明しょうめいすること能あたはざるなり。 14 我われただ此この一事いちじを汝なんぢに言いひあらはさん、即すなはち我われは彼かれらが異端いたんと稱󠄄となふる道󠄃みちに循したがひて我わが先祖せんぞたちの神かみにつかへ、律法おきてと預言者よげんしゃの書ふみとに錄しるしたる事ことをことごとく信しんじ、 15 かれら自みづからも待まてるごとく義者ぎしゃと不義者ふぎしゃとの復活よみがへりあるべしと、神かみを仰あふぎて望󠄇のぞみを懷いだくなり。 16 この故ゆゑに、われ常つねに神かみと人ひととに對たいして良心りゃうしんの責せめなからんことを勉つとむ。〘211㌻〙 17 我われは多おほくの年としを經へてのち歸かへりきたり、我わが民たみに施濟ほどこしをなし、また獻物さゝげものをささげゐたりしが、 18 その時ときかれらは我わが潔󠄄きよめをなして宮みやにをるを見みたるのみにて群衆ぐんじゅうもなく騷擾さわぎもなかりしなり。 19 然しかるにアジアより來きたれる數󠄄人すにんのユダヤ人びとありて――もし我われに咎とがむべき事ことあらば、彼かれらが汝なんぢの前󠄃まへに出いでて訴うったふることを爲すべきなり。 20 或あるひはまた此處ここなる人々ひとびと、わが先さきに議會ぎくわいに立たちしとき、我われに何なにの不義ふぎを認󠄃みとめしか言いへ。 21 唯たゞわれ彼かれらの中うちに立たちて「死人しにんの甦よみがへる事ことにつきて我われけふ汝なんぢらの前󠄃まへにて審さばかる」と呼よばはりし一言ひとことの他ほかには何なにもなかるべし』
 291㌻ 

22 ペリクスこの道󠄃みちのことを詳くはしく知しりたれば、審判󠄄さばきを延󠄅のばして言いふ『千卒長せんそつちゃうルシヤの下くだるを待まちて汝なんぢらの事ことを定さだむべし』 23 斯かくて百卒長ひゃくそつちゃうに命めいじ、パウロを守まもらせ、寛ゆるやかならしめ、かつ友ともの之これに事つかふるをも禁きんぜざらしむ。

24 數󠄄日すにちの後のちペリクス、その妻つまなるユダヤ人びとの女をんなドルシラとともに來きたり、パウロを呼よびよせてキリスト・イエスに對たいする信仰しんかうのことを聽きき、 25 パウロが正義たゞしきと節制せつせいと來きたらんとする審判󠄄さばきとにつきて論ろんじたる時とき、ペリクス懼おそれて答こたふ『今いまは去され、よき機をりを得えてまた招まねかん』 26 斯かくてパウロより金かねを與あたへられんことを望󠄇のぞみて尙なほしばしば彼かれを呼よびよせては語かたれり。 27 二年にねんを經へてポルシオ・フェスト、ペリクスの任にんに代かわりしが、ペリクス、ユダヤ人びとの意こゝろを迎󠄃むかへんとして、パウロを繋つなぎたるままに差措さしおけり。

第25章

1 フェスト任國にんこくにいたりて三日みっかの後のち、カイザリヤよりエルサレムに上のぼりたれば、 2 祭司長さいしちゃうら及およびユダヤ人びとの重立おもだちたる者ものども、パウロを訴うったへ之これを害󠄅そこなはんとして、 3 フェストの好意かういにて彼かれをエルサレムに召めし出いだされんことを願ねがふ。斯かくして道󠄃みちに待伏まちぶせし、之これを殺ころさんと思おもへるなり。 4 然しかるにフェスト答こたへて、パウロのカイザリヤに囚とらはれ在あることと己おのが程󠄃ほどなく歸かへるべき事こととを吿つげ、 5 『もし彼かれに不ふ善ぜんあらんには、汝なんぢ等らのうち然しかるべき者ものども我われとともに下くだりて訴うったふべし』と言いふ。

6 斯かくて彼處かしこに八日やうか十日とをかばかり居をりてカイザリヤに下くだり、明あくる日ひ、審判󠄄さばきの座ざに坐ざし、命めいじてパウロを引出ひきいださしむ。 7 その出いで來きたりし時とき、エルサレムより下くだりしユダヤ人びとら、これを取圍󠄃とりかこみて樣々さまざまの重おもき罪つみを言いひ立たてて訴うったふれども證あかしすること能あたはず。〘212㌻〙 8 パウロは辯明べんめいして言いふ『我われはユダヤ人びとの律法おきてに對たいしても宮みやに對たいしてもカイザルに對たいしても罪つみを犯をかしたる事ことなし』
 292㌻ 
9 フェスト、ユダヤ人びとの意こゝろを迎󠄃むかへんとしてパウロに答こたへて言いふ『なんぢエルサレムに上のぼり、彼處かしこにて我わが前󠄃まへに審さばかるることを諾うけがふか』 10 パウロ言いふ『我われはわが審さばかるべきカイザルの審判󠄄さばきの座ざの前󠄃まへに立たちをるなり。汝なんぢの能よく知しるごとく我われはユダヤ人びとを害󠄅そこなひしことなし。 11 若もしも罪つみを犯をかして死しに當あたるべき事ことをなしたらんには、死しぬるを厭いとはじ。然されど此この人々ひとびとの訴うったふること實まことならずば、誰たれも我われを彼かれらに付わたすことを得えじ、我われはカイザルに上訴じゃうそせん』 12 爰こゝにフェスト陪席ばいせきの者ものと相あひ議はかりて答こたふ『なんぢカイザルに上訴じゃうそせんとす、カイザルの許もとに往󠄃ゆくべし』

13 數󠄄日すにちを經へて後のち、アグリッパ王わうとベルニケとカイザリヤに到いたりてフェストの安否あんぴを問とふ。 14 多おほくの日ひ留とゞまりゐたれば、フェスト、パウロのことを王わうに吿つげて言いふ『ここにペリクスが囚人めしうどとして遺󠄃のこしおきたる一人ひとりの人ひとあり、 15 我われエルサレムに居をりしときユダヤ人びとの祭司長さいしちゃう・長老ちゃうらうら之これを訴うったへて罪つみに定さだめんことを願ねがひしが、 16 我われは答こたへて、訴うったへらるる者ものの未いまだ訴うったふる者ものの面前󠄃めんぜんにて辯明べんめいする機をりを與あたへられぬ前󠄃さきに付わたすは、ロマ人びとの慣例ならはしにあらぬ事ことを吿つげたり。 17 この故ゆゑに彼かれ等らここに集あつまりたれば、時ときを延󠄅のばさず次󠄄つぎの日ひ審判󠄄さばきの座ざに坐ざし、命めいじてかの者ものを引出ひきいださしむ。 18 訴うったふる者ものかれを圍󠄃かこみて立たちしが、思おもひしごとき惡あしき事ことは一ひとつも陳のぶる所󠄃ところなし。 19 ただ己おのれらの宗敎しゅうけう、またはイエスと云いふ者ものの死しにたるを活いきたりとパウロが主張しゅちゃうするなどに關くわんする問題もんだいのみなれば、 20 斯かゝる審理しらべには我われも當惑たうわくせし故ゆゑ、かの人ひとに、なんぢエルサレムに往󠄃ゆき彼處かしこにて審さばかるる事ことを好このむかと問とひしに、 21 パウロは上訴じゃうそして皇帝くわうていの判󠄄決はんけつを受うけん爲ために守まもられんことを願ねがひしにより、命めいじて之これをカイザルに送󠄃おくるまで守まもらせ置おけり』 22 アグリッパ、フェストに言いふ『我われもその人ひとに聽きかんと欲ほっす』フェスト言いふ『なんぢ明日あすかれに聽きくべし』
 293㌻ 

23 明あくる日ひアグリッパとベルニケと大おほいに威󠄂儀ゐぎを整とゝのへてきたり、千卒長せんそつちゃうら及および市しの重立おもだちたる者ものどもと共ともに訊問所󠄃じんもんしょに入いりたれば、フェストの命めいによりてパウロ引出ひきいださる。 24 フェスト言いふ『アグリッパ王わう、竝ならびに此處ここに居をる凡すべての者ものよ、汝なんぢらの見みるこの人ひとはユダヤの民衆みんしゅうが擧こぞりて生いかしおくべきにあらずと呼よばはりて、エルサレムにても此處ここにても我われに訴うったへし者ものなり。〘213㌻〙 25 然しかるに我われはその死しに當あたるべき惡あしき事ことを一ひとつだに犯をかしたるを認󠄃みとめねば、彼かれの自みづから皇帝くわうていに上訴じゃうそせんとする隨まゝにその許もとに送󠄃おくらんと決さだめたり。 26 而しかして彼かれにつきて我わが主しゅに上書じゃうしょすべき實じつ情󠄃じゃうを得えず。この故ゆゑに汝なんぢ等らのまへ、特ことにアグリッパ王わうよ、なんぢの前󠄃まへに引ひきいだし、訊問しらべをなしてのち、上書じゃうしょすべき箇條かでうを得えんと思おもへり。 27 囚人めしうどを送󠄃おくるに訴訟󠄃うったへの次󠄄第しだいを陳のべざるは道󠄃理ことわりならずと思おもふ故ゆゑなり』

第26章

1 アグリッパ、パウロに言いふ『なんぢは自己みづからのために陳のぶることを許ゆるされたり』爰こゝにパウロ手てを伸のべ、辯明べんめいして言いふ、

2 『アグリッパ王わうよ、我われユダヤ人びとより訴うったへられし凡すべての事ことにつきて今日けふなんぢらの前󠄃まへに辯明べんめいするを我わが幸福さいはひとす。 3 汝なんぢがユダヤ人びとの凡すべての習󠄃慣ならはしと問題もんだいとを知しるによりて殊ことに然しかりとす。されば請󠄃こふ、忍󠄄しのびて我われに聽きけ。 4 わが始はじめより國人くにびとのうちに又󠄂またエルサレムに於おける幼おさなき時ときよりの生活せいくわつの狀さまは、ユダヤ人びとのみな知しる所󠄃ところなり。 5 彼かれ等らもし證あかしせんと思おもはば、わが我われらの宗敎しゅうけうの最いとも嚴きびしき派󠄄はに從したがひて、パリサイ人びとの生活せいくわつをなしし事ことを始はじめより知しれり。 6 今いまわが立たちて審さばかるるは、神かみが我われらの先祖せんぞたちに約束やくそくし給たまひしことの希望󠄇のぞみに因よりてなり。 7 之これを得えんことを望󠄇のぞみて我わが十二じふにの族やからは夜よるも晝ひるも熱心ねっしんに神かみに事つかふるなり。王わうよ、この希望󠄇のぞみにつきて、我われはユダヤ人びとに訴うったへられたり。
 294㌻ 
8 神かみは死人しにんを甦よみがへらせ給たまふとも、汝なんぢ等らなんぞ信しんじ難がたしとするか。 9 我われも曩さきにはナザレ人びとイエスの名なに逆󠄃さからひて樣々さまざまの事ことをなすを宜よきことと自みづから思おもへり。 10 我われエルサレムにて之これをおこなひ、祭司長さいしちゃうらより權威󠄂けんゐを受うけて多おほくの聖󠄃徒せいとを獄ひとやにいれ、彼かれらの殺ころされし時ときこれに同意どういし、 11 諸しょ敎會堂けうくわいだうにてしばしば彼かれらを罰ばっし、强しひて瀆言けがしごとを言いはしめんとし、甚はなはだしく狂くるひ、迫󠄃害󠄅はくがいして外國ぐわいこくの町まちにまで至いたれり。 12 此このとき祭司長さいしちゃうらより權威󠄂けんゐと委任ゐにんとを受うけてダマスコに赴おもむきしが、 13 王わうよ、その途󠄃みちにて正午まひるごろ天てんよりの光ひかりを見みたり、日ひにも勝󠄃まさりて輝かゞやき、我われと伴󠄃侶みちづれとを圍󠄃かこみ照てらせり。 14 我等われらみな地ちに倒たふれたるにヘブルの語ことばにて「サウロ、サウロ、何なんぞ我われを迫󠄃害󠄅はくがいするか、刺とげある策むちを蹴けるは難かたし」といふ聲こゑを我われきけり。 15 われ言いふ「主しゅよ、なんぢは誰たれぞ」主しゅいひ給たまふ「われは汝なんぢが迫󠄃害󠄅はくがいするイエスなり。 16 起󠄃おきて汝なんぢの足あしにて立たて、わが汝なんぢに現あらはれしは、汝なんぢをたてて其その見みしことと我わが汝なんぢに現あらはれて示しめさんとする事こととの役者えきしゃまた證人あかしびとたらしめん爲ためなり。〘214㌻〙 17 我われなんぢを此この民たみおよび異邦󠄆人いはうじんより救すくはん、又󠄂またなんぢを彼かれらに遣󠄃つかはし、 18 その目めをひらきて暗󠄃くらきより光ひかりに、サタンの權威󠄂けんゐより神かみに立たち歸かへらせ、我われに對たいする信仰しんかうによりて罪つみの赦ゆるしと潔󠄄きよめられたる者もののうちの嗣業しげふとを得えしめん」と。 19 この故ゆゑにアグリッパ王わうよ、われは天てんよりの顯示しめしに背そむかずして、 20 先まづダマスコに居をるもの次󠄄つぎにエルサレム及およびユダヤ全󠄃國ぜんこく、また異邦󠄆人いはうじんにまで悔改くいあらためて神かみに立たちかへり、其その悔改くいあらためにかなふ業わざをなすべきことを宣傳󠄂のべつたへたり。 21 之これがためにユダヤ人びと、われを宮みやにて捕とらへ、かつ殺ころさんとせり。 22 然しかるに神かみの祐たすけによりて今日こんにちに至いたるまで尙なほ存ながらへて、小せうなる人ひとにも大だいなる人ひとにも證あかしをなし、言いふところは預言者よげんしゃおよびモーセが必かならず來きたるべしと語かたりしことの外ほかならず。
 295㌻ 
23 即すなはちキリストの苦難くるしみを受うくべきこと、最先いやさきに死人しにんの中うちより甦よみがへる事ことによりて民たみと異邦󠄆人いはうじんとに光ひかりを傳つたふべきこと是これなり』

24 パウロ斯かく辯明べんめいしつつある時とき、フェスト大聲おほごゑに言いふ『パウロよ、なんぢ狂氣きゃうきせり、博󠄄學はくがくなんぢを狂氣きゃうきせしめたり』 25 パウロ言いふ『フェスト閣下かくかよ、我われは狂氣きゃうきせず、宣のぶる所󠄃ところは眞󠄃まことにして慥たしかなる言ことばなり。 26 王わうは此これ等らのことを知しるゆゑに我われその前󠄃まへに憚はゞからずして語かたる。これらの事ことは片隅かたすみに行おこなはれたるにあらねば、一ひとつとして王わうの眼めに隱かくれたるはなしと信しんずるに因よる。 27 アグリッパ王わうよ、なんぢ預言者よげんしゃの書ふみを信しんずるか、我われなんぢの信しんずることを知しる』 28 アグリッパ、パウロに言いふ『なんぢ説とくこと僅わづかにして我われをキリステアンたらしめんと爲するか』 29 パウロ言いふ『説とくことの僅わづかなるにもせよ、多おほきにもせよ、神かみに願ねがふは啻たゞに汝なんぢのみならず、凡すべて今日けふわれに聽きける者ものの、この縲絏なはめなくして我わがごとき者ものとならんことなり』

30 ここに王わうも總󠄂督そうとくもベルニケも列座れつざの者ものどもも皆みなともに立たつ、 31 退󠄃しりぞきてのち相あひ語かたりて言いふ『この人ひとは死罪しざいまたは縲絏なはめに當あたるべき事ことをなさず』 32 アグリッパ、フェストに言いふ『この人ひとカイザルに上訴じゃうそせざりしならば釋ゆるさるべかりしなり』

第27章

1 すでに我等われらをイタリヤに渡わたらしむること決さだまりたれば、パウロ及およびその他ほか數󠄄人すにんの囚人めしうどを近󠄃衛󠄅このゑ隊󠄄たいの百卒長ひゃくそつちゃうユリアスと云いふ人ひとに付わたせり。 2 爰こゝに我われらアジヤの海邊󠄎うみべなる各處ところどころに寄よせゆくアドラミテオの船󠄄ふねの出帆しゅっぱんせんとするに乘のりて出いづ。テサロニケのマケドニヤ人びとアリスタルコも我われらと共ともにありき。
 296㌻ 
3 次󠄄つぎの日ひシドンに著つきたれば、ユリアス懇切ねんごろにパウロを遇󠄃あしらひ、その友ともらの許もとにゆきて欸待もてなしを受うくることを許ゆるせり。〘215㌻〙 4 斯かくて此處ここより船󠄄出ふなでせしが、風かぜの逆󠄃さからふによりてクプロの風下かざしもの方かたをはせ、 5 キリキヤ及およびパンフリヤの沖おきを過󠄃すぎてルキヤのミラに著つく。 6 彼處かしこにてイタリヤにゆくアレキサンデリヤの船󠄄ふねに遇󠄃あひたれば、百卒長ひゃくそつちゃうわれらを之これに乘のらしむ。 7 多おほくの日ひのあひだ、船󠄄ふねの進󠄃すゝみ遲󠄃おそく、辛からうじてクニドに對むかへる處ところに到いたりしが、風かぜに阻さへられてサルモネの沖おきを過󠄃すぎ、クレテの風下かざしもの方かたをはせ、 8 陸をかに沿󠄄そひ辛からうじて良よき港󠄃みなとといふ處ところにつく。その近󠄃ちかき處ところにラサヤの町まちあり。

9 船󠄄路ふなぢ久ひさしきを歷へて、斷食󠄃だんじきの期節きせつも旣󠄁すでに過󠄃すぎたれば、航海かうかい危あやふきにより、パウロ人々ひとびとに勸󠄂すゝめて言いふ、 10 『人々ひとびとよ、我われこの航海かうかいの害󠄅がいあり損そん多おほくして、ただ積荷つみにと船󠄄ふねとのみならず、我われらの生命いのちにも及およぶべきを認󠄃みとむ』 11 されど百卒長ひゃくそつちゃうはパウロの言いふ所󠄃ところよりも船󠄄ふな長をさと船󠄄ふな主ぬしとの言ことばを重おもんじたり。 12 且かつこの港󠄃みなとは冬󠄃ふゆを過󠄃すごすに不便󠄃ふべんなるより、多數󠄄たすうの者ものも、なし得えんにはピニクスに到いたり、彼處かしこにて冬󠄃ふゆを過󠄃すごさんとて此處ここを船󠄄出ふなでするを可よしとせり。ピニクスはクレテの港󠄃みなとにて東ひがし北きたと東ひがし南みなみとに向むかふ。 13 南みなみ風かぜ徐おもむろに吹ふきたれば、彼かれら志望󠄇こころざしを得えたりとして錨いかりをあげ、クレテの岸邊󠄎きしべに沿󠄄そひて進󠄃すゝみたり。 14 幾程󠄃いくほどもなくユーラクロンといふ疾風はやてその島しまより吹ふきおろし、 15 之これがために船󠄄ふねは吹ふき流ながされ、風かぜに向むかひて進󠄃すゝむこと能あたはねば、船󠄄ふねは風かぜの追󠄃おふに任まかす。 16 クラウダといふ小島こじまの風下かざしもの方かたにいたり、辛からうじて小艇󠄃こぶねを收をさめ、 17 これを船󠄄ふねに引上ひきあげてのち、備綱そなへづなにて船󠄄體せんたいを卷まき縛󠄃しばり、またスルテスの洲すに乘のりかけんことを恐おそれ、帆ほを下おろして流ながる。 18 いたく暴風あらしに惱なやまされ、次󠄄つぎの日ひ、船󠄄ふねの者ものども積荷つみにを投なげすて、 19 三日みっかめに手てづから船󠄄具󠄄ふなぐを棄すてたり。
 297㌻ 
20 數󠄄日すにちのあひだ日ひも星ほしも見みえず、暴風あらし、烈はげしく吹ふき荒すさびて、我われらの救すくはるべき望󠄇のぞみつひに絕たえ果はてたり。 21 人々ひとびとの食󠄃しょくせぬこと久ひさしくなりたる時とき、パウロその中なかに立たちて言いふ『人々ひとびとよ、なんぢら前󠄃さきに我わが勸󠄂すゝめをきき、クレテより船󠄄出ふなでせずして、この害󠄅がいと損そんとを受うけずあるべき筈はずなりき。 22 いま我われなんぢらに勸󠄂すゝむ、心こゝろ安やすかれ、汝なんぢ等らのうち一人ひとりだに生命いのちをうしなふ者ものなし、ただ船󠄄ふねを失うしなはん。 23 わが屬ぞくする所󠄃ところ、わが事つかふる所󠄃ところの神かみのつかひ、昨夜さくやわが傍かたはらに立たちて、 24 「パウロよ、懼おそるな、なんぢ必かならずカイザルの前󠄃まへに立たたん、視みよ、神かみは汝なんぢと同船󠄄どうせんする者ものをことごとく汝なんぢに賜たまへり」と云いひたればなり。 25 この故ゆゑに人々ひとびとよ、心こゝろ安やすかれ、我われはその我われに語かたり給たまひしごとく必かならず成󠄃なるべしと神かみを信しんず。 26 而しかして我われらは或ある島しまに推上おしあげらるべし』〘216㌻〙

27 斯かくて十じふ四日よっかめの夜よるに至いたりて、アドリヤの海うみを漂たゞよひゆきたるに、夜半󠄃よなかごろ水夫かこら陸をかに近󠄃ちかづきたりと思おもひて、 28 水みづを測はかりたれば、二に十じふ尋󠄃ひろなるを知しり、少すこしく進󠄃すゝみてまた測はかりたれば、十じふ五ご尋󠄃ひろなるを知しり、 29 岩いはに乘のり上あげんことを恐おそれて艫ともより錨いかりを四よつ投おろして夜明よあけを待まちわぶ。 30 然しかるに水夫かこら船󠄄ふねより逃󠄄のがれ去さらんと欲ほっし、舳へさきより錨いかりを曳ひきゆくに言こと寄よせて小艇󠄃こぶねを海うみに下おろしたれば、 31 パウロ、百卒長ひゃくそつちゃうと兵卒へいそつらとに言いふ『この者ものども若もし船󠄄ふねに留とゞまらずば、汝なんぢら救すくはるること能あたはず』 32 ここに兵卒へいそつら小艇󠄃こぶねの綱つなを斷切たちきりて、その流ながれゆくに任まかす。 33 夜よの明あけんとする頃ころパウロ凡すべての人ひとに食󠄃しょくせんことを勸󠄂すゝめて言いふ『なんぢら待まち待まちて、食󠄃事しょくじせぬこと今日けふにて十じふ四日よっかなり。 34 されば汝なんぢらに食󠄃しょくせんことを勸󠄂すゝむ、これ汝なんぢらが救すくひのためなり、汝なんぢらの頭髮かみのけ一筋ひとすじだに首かうべより落おつる事ことなし』 35 斯かく言いひて後のちみづからパンを取とり、一同いちどうの前󠄃まへにて神かみに謝󠄃しゃし、擘さきて食󠄃しょくし始はじめたれば、 36 人々ひとびともみな心こゝろを安やすんじて食󠄃しょくしたり。 37 船󠄄ふねに居をる我われらは凡すべて二に百ひゃく七しち十じふ六ろく人にんなりき。
 298㌻ 
38 人々ひとびと食󠄃しょくし飽󠄄あきてのち穀物こくもつを海うみに投なげ棄すてて船󠄄ふねを輕かろくせり。 39 夜明よあけになりて、孰いづれの土地とちかは知しらねど砂濱すなはまの入江いりえを見出みいだし、なし得うべくば此處ここに船󠄄ふねを寄よせんと相あひ議はかり、 40 錨いかりを斷たちて海うみに棄すつるとともに舵纜かぢづなをゆるめ舳へさきの帆ほを揚あげて、風かぜにまかせつつ砂濱すなはまさして進󠄃すゝむ。 41 然しかるに潮うしほの流ながれあふ處ところにいたりて船󠄄ふねを淺瀬あさせに乘のり上あげたれば、舳へさき膠著ゐつきて動うごかず、艫ともは浪なみの激はげしきに破やぶれたり。 42 兵卒へいそつらは囚人めしうどの泳およぎて逃󠄄のがれ去さらんことを恐おそれ、これを殺ころさんと議はかりしに、 43 百卒長ひゃくそつちゃうパウロを救すくはんと欲ほっして、その議はかるところを阻はゞみ、泳およぎうる者ものに命めいじ、海うみに跳とび入いりて、まず上陸じゃうりくせしめ、 44 その他ほかの者ものをば或あるひは板いたあるひは船󠄄ふねの碎片くだけに乘のらしむ。斯かくしてみな上陸じゃうりくして救すくはるるを得えたり。

第28章

1 われら救すくはれて後のち、この島しまのマルタと稱󠄄となふるを知しれり。 2 土人どじんら一方ひとかたならぬ情󠄃なさけを我われらに表あらはし、降󠄄ふりしきる雨あめと寒󠄃氣さむさとのために火ひを焚たきて我われら一同いちどうを待遇󠄃もてなせり。 3 パウロ柴しばを束つかねて火ひにくべたれば、熱ねつによりて蝮まむしいでて其その手てにつく。 4 蛇へびのその手てに懸かゝりたるを土人どじんら見みて互たがひに言いふ『この人ひとは必かならず殺人者ひとごろしなるべし、海うみより救すくはれしも、天道󠄃てんだうはその生いくるを容ゆるさぬなり』 5 パウロ蛇へびを火ひのなかに振ふり落おとして何なにの害󠄅がいをも受うけざりき。 6 人々ひとびとは彼かれが腫はれ出いづるか、または忽たちまち倒たふれ死しぬるならんと候うかゞふ。久ひさしく窺うかゞひたれど、聊いさゝかも害󠄅がいを受うけぬを見みて、思おもひを變かへて、此こは神かみなりと言いふ。〘217㌻〙

7 この處ところの邊󠄎ほとりに島司たうしのもてる土地とちあり、島司たうしの名なはポプリオといふ。此この人ひとわれらを迎󠄃むかへて懇切ねんごろに三日みっかの間あひだもてなせり。 8 ポプリオの父󠄃ちち、熱ねつと痢病りびゃうとに罹かゝりて臥ふし居ゐたれば、パウロその許もとにいたり、祈いのり、かつ手てを按おきて醫いやせり。
 299㌻ 
9 この事ことありてより島しまの病やめる人々ひとびとみな來きたりて醫いやされたれば、 10 禮れいを厚あつくして我われらを敬うやまひ、また船󠄄出ふなでの時ときには必要󠄃ひつえうなる品々しなじなを贈おくりたり。

11 三月󠄃みつきの後のち、われらは此この島しまに冬󠄃籠ふゆごもりせしデオスクリの號しるしあるアレキサンデリヤの船󠄄ふねにて出いで、 12 シラクサにつきて三日みっかとまり、 13 此處ここより繞めぐりてレギオンにいたり、一日いちにちを過󠄃すぎて南みなみ風かぜふき起󠄃おこりたれば、我われら二日ふつかめにポテオリに著つき、 14 此處ここにて兄弟きゃうだいたちに逢あひ、その勸󠄂すゝめによりて七日なぬかのあひだ留とゞまり、而しかして遂󠄅つひにロマに往󠄃ゆく。 15 かしこの兄弟きゃうだいたち我われらの事ことをききて、[*]アピオポロ、およびトレスタベルネまで來きたりて我われらを迎󠄃むかふ。パウロこれを見みて神かみに感謝󠄃かんしゃし、その心こゝろ勇󠄃いさみたり。[*「アピオの市場および三宿」の意。]

16 我われらロマに入いりて後のち、パウロは己おのれを守まもる一人ひとりの兵卒へいそつとともに別べつに住󠄃すむことを許ゆるさる。

17 三日みっかすぎてパウロ、ユダヤ人びとの重立おもだちたる者ものを呼よび集あつむ。その集あつまりたる時ときこれに言いふ『兄弟きゃうだいたちよ、我われはわが民たみわが先祖せんぞたちの慣例ならはしに悖もとることを一ひとつも爲なさざりしに、エルサレムより囚人めしうどとなりて、ロマ人びとの手てに付わたされたり。 18 かれら我われを審さばきて死しに當あたることなき故ゆゑに、我われを釋ゆるさんと思おもひしに、 19 ユダヤ人びとさからひたれば、餘義よぎなくカイザルに上訴じゃうそせり。然されど我わが國人くにびとを訴うったへんとせしにあらず。 20 この故ゆゑに我われなんぢらに會あひ、かつ共ともに語かたらんことを願ねがへり、我われはイスラエルの懷いだく希望󠄇のぞみの爲ためにこの鎖󠄃くさりに繋つながれたり』 21 かれら言いふ『われら汝なんぢにつきてユダヤより書ふみを受うけず、また兄弟きゃうだいたちの中うちより來きたりて汝なんぢの善よからぬ事ことを吿つげたる者ものも、語かたりたる者ものもなし。 22 ただ我われらは汝なんぢの思おもふところを聞きかんと欲ほっするなり。それは此この宗旨しゅうしの到いたる處ところにて非ひ難なんせらるるを知しればなり』
 300㌻ 

23 爰こゝに日ひを定さだめて多おほくの人ひと、パウロの宿やどに來きたりたれば、パウロ朝󠄃あしたより夕ゆふべまで神かみの國くにのことを説明ときあかして證あかしをなし、かつモーセの律法おきてと預言者よげんしゃの書ふみとを引ひきてイエスのことを勸󠄂すゝめたり。 24 パウロのいふ言ことばを或ある者ものは信しんじ、或ある者ものは信しんぜず。 25 互たがひに相あひ合あはずして退󠄃しりぞかんとしたるに、パウロ一言ひとことを述󠄃のべて言いふ『宜うべなるかな、聖󠄃せい靈れいは預言者よげんしゃイザヤによりて汝なんぢらの先祖せんぞたちに語かたり給たまへり。曰いはく、〘218㌻〙 26 「汝等なんぢらこの民たみに往󠄃ゆきて言いへ、 なんぢら聞ききて聞きけども悟さとらず、 見みて見みれども認󠄃みとめず、 27 この民たみの心こゝろは鈍にぶく、 耳みみは聞きくに懶ものうく、 目めは閉とぢたればなり。 これ目めにて見み、耳みみにて聞きき、 心こゝろにて悟さとり、飜ひるがへりて 我われに醫いやさるる事ことなからん爲ためなり」 28 然されば汝なんぢら知しれ、神かみのこの救すくひは異邦󠄆人いはうじんに遣󠄃つかはされたり、彼かれらは之これを聽きくべし』 29 [なし][*][*異本二九「彼がこのをいひをへし時、ユダヤ人互に大なる爭論をなして退󠄃けり」の句あり。]

30 パウロは滿まん二年にねんのあひだ、己おのが借かり受うけたる家いへに留とゞまり、その許もとにきたる凡すべての者ものを迎󠄃むかへて、 31 更󠄃さらに臆おくせず、また妨さまたげられずして神かみの國くにをのべ、主しゅイエス・キリストの事ことを敎をしへたり。〘219㌻〙
 301㌻